プロローグ

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「彗星の使者シリーズ五巻」 「うっ!」  小田の小さな呻きを、翠は聞き逃さない。 「小諸沢遥先生が一年ぶりに出した最新刊。あまりに行動的な女王陛下が使者を振り回したので幻滅した、とまで言う熱烈なファンが現れて」 「それだ! 女王陛下はむしろ今まで大人しく書かれすぎていたのだと思う! 二巻の女王陛下の登場シーンを覚えているだろうか。使者に向けて放つセリフに、自分が玉座を離れて動けない焦燥感がにじみ出ていただろう? 今回の作品の方が、作者が今まで書けなかった女王陛下の姿なのだと私は思う」  まさに熱弁。一気にまくしたてる小田に、翠はぽかーんとした。きっと大ファンなのだろう小説のキャラクターを語るこの様子。  職場では声を決して荒らげることのない課長を、独身女性(中には既婚女性も)たちは紳士だのまるで貴族だのと讃えてキャーキャー騒いでいた。  それがどうだ。  興奮した小田は目を丸くして言葉をなくしている翠にとんでもないことを提案してきた。 「これから飲みに行こう!」 「えっ⁉ 嫌です!」  突然の誘いに間髪入れず断る翠。その間コンマ二秒。  ノートを買いに行く時間も惜しいとついさっきまで葛藤していた。突然上司と飲みになど行ったら、帰りは何時になることか。  反射的に断った翠は、固まった小田を見て「しまった」と思う。いくらなんでも、こんな断り方をしたら明日から仕事がしづらい。何と言っても上司なのだ。  そう思い直し、翠はあたふたと言い訳をした。
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