プロローグ

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「あ、あのですね、これから予定がありまして。ノート、そう、ノートを買いに雑貨店に行かないと」 「何のノートですか」 「え……」  またノートの話題に戻ってしまい、まさに藪蛇だった。  さすがに、小説のプロットを書いているとは言えない。職場の人たちにも内緒にしているのだから。 「えっと、何でもいいじゃないですか。プライベートなことなんで」 「そう言えば、セリフの他に相関図のようなものも書いてあった」  その通りで、登場人物たちの相関図が見開きの片面に書いてあった。 (まさかそれを見られてしまうとは。眼鏡をしているくせに、目がいいな、課長!) 「ノートを買ったら、飲みましょう」 「今日はとにかく遠慮します。平日は仕事に差し支えるかもしれないから、金曜日にしか飲まないと決めているんです」 (嘘です。ノートを買って帰って、昨夜の執筆の続きをしたいんです。こうやっている間にもバスの時刻が迫っているんです――って言えたら楽なのに!)  帰ろうとする翠、それを引き留めようとする小田。傍から見れば、怪しい関係どころか嫌がる翠にしつこく付きまとっている上司という図か、はたまた別れ話を翠が持ち出して納得のいかない上司が別れたくないとごねている図か。  大人の恋愛もの小説だったら、ここから惰性的にまたよりを戻す展開もありよねなどと、何でもネタとして考えてしまう翠だった。 「だったらお酒ではなくてコーヒー! 一杯だけ!」 「コ、コーヒー、ですか?」 「ケーキもつけます」  普通に夕食を食べたい時間帯なのに、何、この課長、どうしたのと翠はだんだん怖くなってきた。今まで自分に対してこんなに執着を見せることなどなかったのに、突然どうしたのだろう。翠は小田の真意がわからない。じりじりと後退る翠に、遂に小田が本心を打ち明けた。 「語りたいんだ! 『彗星の使者シリーズ』について!」 「…………はい?」
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