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翠は、大汗をかきながら、ありがとうございますと佐野や乙葉にお礼やら謝罪やらをする羽目になった。
そんな状況になった理由は、小田とのやりとりをした前夜にあった。
《上手くいきませーん!》
その日の夜、自室のパソコンの前で翠は携帯に心の声を打ち込んだ。相手はもちろん、職場の上司、小田課長である。
今、翠は執筆している小説の設定に無理を感じ、悶え苦しんでいた。
コンテストに応募しようとして書きはじめ、締め切りもせまっているというのに、今頃設定で悩んでいていいのか。本当ならばもっとプロットをしっかり作り込んでから書き出した方がよかったのではないか。そう自問自答し続けながらも、書きはじめてしまえばどうにかなると甘い目論見で執筆を開始したのだ。
そして、そんな目論見はやはり甘かったことに気づく。
基本中の基本である登場人物の設定が安易すぎて生き生きと動き出してくれないという落とし穴にどっぷりはまっていた。
《どんな作品ですか》
何か発信すると五分とおかずに返信してくれる小田に、今では頼りっぱなしの翠である。一年前、自分の執筆活動を知られ、小田の二次元キャラへののめり込み方を知ってドン引きしていた頃からは、想像もつかない。
彼が漫画ではなく小説一筋で、その中に出てくる女性に惚れ込んではいろいろとあることないこと妄想し、ひとりでうっとり、たまににやにやしているのだそうだ。その傾向は十代より二十代、二十代より三十代と深まってきたが、周囲に小田と同じように小説のキャラクターに入れ込んでいる人は誰もおらず、ずっとひとりで妄想を楽しむだけしかできなかったのだという。
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