プロローグ

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 賃貸のワンルームマンションの部屋にあるのは、ベッドと机といす、本棚、小さなテレビとCDプレイヤーが載ったローボード。  本棚には、文庫本が八割、漫画が二割くらいの割合で並んでいる。  机の上の電源を切ったノートパソコンは、蓋が開いて暗くなった画面を見せていた。  その横に、開いたままのノート。 「全然進まなかったなあ……コンテストに間に合うといいんだけど」  恨めし気にパソコンを見つめて呟いた翠は、大学時代から使っている古いテレビをつけるとキッチンへ向かった。  トースターに食パンをセットし、焼けるのを待つ間に鍋にお湯を沸かして冷凍しておいたカット野菜とスープの素を入れ、最後に卵を落とす。  野菜はストックが少なくなると、まとめて買ってきて一気に切り冷凍保存しておくと、朝のひと手間が省ける。  ベッドの横に折り畳みの座卓を出して、卵入り野菜スープとジャムを塗ったトーストを載せた。 「いただきます」  ひとり暮らしを始めたのは、大学生の時から。大学時代の四年間と二十二歳で卒業してすぐに就職してからの五年間の、合計九年間になる。  毎日ひとりの部屋で目覚め、ひとりの部屋で食事をし、ひとりの部屋に帰り、ひとりで眠る翠。  周囲から見たら、侘しい独身生活に見えるんだろうなあと、思うことがある。しかし、彼女は平気だ。  何故ならば。 「今日、仕事から帰ったら、三十ページ分くらい書かないと、締め切りに間に合わないかもしれない……夕食、お弁当買ってこよう」  こんな生活を続けるのであれば、彼氏や夫、子供にかまっている余裕はないから、これでいいのだ。そう自分でも納得している。  そんな彼女の生活の中心。それは、小説を書くこと。いつか賞を取って書籍化される――その夢に向かっての執筆活動だった。  ただし。  その執筆活動を支えひとり暮らしを維持するには、生活費を稼ぐ必要がある。 「ごちそうさまでした。はー……仕事行こう」  人間、働かなければお金を手に入れることはできない。だから、今は本業である地方公務員の仕事をするのだ。
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