プロローグ

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 そこには市民が抄本や謄本、印鑑登録及び証明、住民票など、必要な書類を取りに訪れる。いわば、市民にとっての市役所の顔だ。 「お待たせしました。こちらで間違いありませんか。料金は三百円になります」  翠は代金を受け取るとレシート兼用の小さな領収書を差し出す。  市役所窓口は午後十二時から一時までが混雑タイムだ。と言うのも、休憩時間を利用して近隣から必要な書類を取りにやってくる人が多いからだ。  市役所の一階の窓口で、翠はぐぐぐっと湧き上がる欠伸の衝動を抑えきれず、利用者が途切れた瞬間を狙い、口元を手で隠しながら欠伸を噛み殺した。  昔から、翠は欠伸を我慢すると鼻の穴が大きく開いてしまって、すぐ周囲にばれてしまう。 「寝不足?」  それでも、隣の窓口の同僚には分かってしまったようで、こっそり聞かれる。 「す、すいません、あの、ちょっと喉の調子が……」  慌てて目に滲んだ涙を指先でさっと拭い、これは欠伸じゃなくくしゃみなんですよーと誤魔化すようにわざとらしくクシュンと小さな音を立てた。  本当は、盛大に欠伸をしたい、思い切り伸びをしたい。ついでに肩を上下させて、肩甲骨あたりをぐりぐり押してもらいたい。できることなら、こめかみあたりも……  そう考えながら翠は、次の整理番号を知らせるボタンを押した。  どんなに睡眠時間を減らそうとも、昼間の仕事はきちんと続けると誓ったのだ。  今は趣味に過ぎないかもしれないけれど、そのうちぜひそれを本業にすると決めたその日に。  翠の趣味、それは小説を書いて、WEB上に上げることと公募に出すことだった。  小さい頃から、本を読むのが好きだった。  少しでも長く本のそばにいたくて小学校の五、六年生、中学校の三年間と高等学校の三年間、合計八年間図書委員を続けた。  他の委員会に浮気することなく八年間図書委員にこだわって委員会の仕事をし続けたことは、翠の中のちょっとした誇りだ。  本に囲まれて読書を続ければ、そのうち感想文なんかも書くようになる。
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