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牢獄
少女と王子様は結ばれました。
めでたし、めでたし。
それから少女はお妃様と呼ばれるようになりました。お妃様は城の食事係、清掃係、洗濯係などの仕事を理解し、城の皆に心を配りました。それから国の経済状態を把握し、貧しい民には施しを行い、優秀な民には褒美を与えました。そして強大な隣国へ招待状を送り、もてなし国交を潤滑にしました。お妃様は寝る間を惜しんで働きました。
そのうち、愛しい王子様とお姫様が生まれました。お妃様は育児も手を抜きません。乳母に頼らず、夜は三時間ごとに起き、自らの母乳を飲ませました。おむつを替え、お風呂に入れ甲斐甲斐しく世話をしました。また、王子様とお姫様がイタズラをすれば叱り、正しい行いすれば誉めました。
民衆はお妃様を素晴らしいお妃様と讃えました。
王様となった王子様は、領土獲得の戦いに明け暮れました。領土を広げる事は国の繁栄を意味します。民衆は勇敢な王様を讃えました。
戦争に忙しい王様ですが、お妃様や、王子様、お姫様の事を何よりも大切に思っておりました。少しでも時間が有れば三人の元に戻り、一緒に時間を過ごします。
お妃様は王様に愛されていると感じていました。王子様、お姫様も愛されスクスクと育ちました。
お妃様の生活は傍目には幸せに、それはもう幸せに見えました。
しかし、お妃様は妻であり、母であり、お妃である前に一人の人間です。その事を少しずつ、少しずつ忘れていった代償が、お妃様を少しずつ、少しずつ壊してゆきました。
『めでたし、めでたし』の前のお妃様は一人ぼっちでした。寂しいと思う事もありましたが、自由でした。野原を駆け回り、川を泳ぎ、動物と戯れ、行きたいところに行き、したい事をしました。誰のためでもなく、誰に気を使う事も無く何でもできたのです。
愛し愛された人に囲まれて、お妃様の日々は過ぎていく。それはまさに愛の牢獄でした。そこから逃げたいと思う事、その事自体が罪なのでした。
一日、一週間、一ヶ月、一年、三年、五年、十年……あっという間に過ぎていきました。
ついにその日、お妃様は、塔の先端のお部屋にある大きな窓を開け放ち、両手を広げ、風を受け、空を仰ぎました。
まさに今、飛び立とうとしたその瞬間、お妃様はふと我に返りました。そして大きな窓を閉め、またいつもの暮らしへと戻ってゆきました。
そしてもう二度と塔の部屋へは近づかないと誓いました。それは、愛に生きる哀しい誓いでした。しかし、それは人として生きる正しい選択なのかもしれないのでした。
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