美しい街

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美しい街

 この街は『美しい街』と呼ばれています。調和のとれた住宅街、真っ直ぐに伸びた道路、等間隔の街路樹。全てが『美しい』この街には、空き缶はおろか、ゴミ一つ落ちていません。住人達も『美しい』人たちばかりです。  ある日、この街の公園に痩せ細った野良猫がおりました。もう10日も何も食べていない野良猫は息をするのもやっとです。この『美しい』街では、ゴミは各自が持ち帰ります。家庭ゴミも白い壁に囲まれた誰の目にも触れない場所に捨てるように徹底されています。ここには、野良猫が食べる餌はどこにもありませんでした。  野良猫はか細い声で「ニャー」と鳴くと、大きく膨らんだお腹を横たえました。野良猫は子猫を宿していたのです。本当なら野良猫の命は天に召されてもおかしくないくらい衰弱していました。しかし、子猫を産みたいと思う心だけが野良猫の命を長らえているのでした。  その時、野良猫は全身全霊の力を振り絞り、子猫を産み落としました。野良猫は母猫になりました。母猫は生まれたばかりの子猫達の体を優しく舐めました。母猫は幸せで満たされていました。その光景はとても美しいものでした。母猫は、ひとしきり子猫の毛繕いが終わると、この可愛い子猫たちに乳を飲ませたいと思いました。そのためには、母猫自身が何か食べなければなりません。母猫は以前、街路樹の下にバッタが跳ねていたのを思い出しました。母猫は、折れそうに細い足を踏ん張り、街路樹へ向かいました。残された三匹の子猫たちは、お腹が空いて「ミャーミャー」と可愛い声で鳴き続けています。  その時、公園のブランコで遊んでいた『美しい』少女が子猫達の声を聞き付けました。 「まぁ、何て『美しい』子猫。可愛そうにお腹が空いているのね」 少女は子猫が大好きです。少女は子猫達を家に連れて帰る事にしました。少女の『美しい』お母さんも、きっと子猫が気に入ると思ったからです。  少女は家に帰ると、すぐにお母さんに子猫達を見せました。お母さんは 「まぁ、何て『美しい』子猫達でしょう」 と言うと子猫たちを抱き上げました。  少女は、子猫たちにミルクを与え、清潔なタオルで体を拭き、暖かい寝床を整えてやりました。子猫たちは安心してスヤスヤと眠りにつきました。  ことろで、この家の軒下にはもう一つ別の親子が住んでいました。ドブネズミの親子です。母ネズミと、子ネズミ十匹が身を寄せ合って暮らしています。ヤンチャな子ネズミは、毎日母ネズミを困らせます。それでも、母ネズミは十匹の子ネズミがスヤスヤと眠る姿を見るのが幸せでした。その光景はとても美しいものでした。  ある日、一番小さな子ネズミが、間違って少女の家のリビングに迷い込んでしまいました。ネズミを見つけた少女は悲鳴を上げました。 「キャー、お母さん。ネズミがいるわ」 その声に驚いた子ネズミは素早く逃げ出し間一髪、母ネズミの元に戻りました。  その次の日、『美しい』お母さんは美観維持センターをよびました。センターの職員は手際よく母ネズミと十匹の子ネズミを駆除しました。折り重なるように死んでいる母ネズミと子ネズミ達を見ると、少女のお母さんは言いました。 「美しく無いものは見たくないわ。あの野良猫といっしょに持って帰って燃やしてちょうだい」  その日、美観維持センターの職員は、もう一つ仕事を依頼されていました。それは『美しい』母娘の家の前で息絶えていた野良猫の死骸を回収する仕事でした。  あの日、母猫が公園に戻ると子猫達は消えていました。母猫は痩せ細った足を引きずり、枯れた喉を鳴らし、子猫達を探し続けました。そして見覚えのある『美しい』家の前にたどり着いた時、母猫はバタリと倒れて動かなくなりました。母猫は薄れていく意識の中、夢を見ました。それは三匹の子猫達と母猫が幸せに暮らしている美しい夢でした。そしてその側には、かつて母猫が子猫だった頃、家族だと思っていた『美しい』少女と『美しい』お母さんが微笑んでいるのでした。 それは、それは『美しい』光景でした。
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