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翌日。諸々な大人の事情により、腰が怠くて掠れた声しか出ない僕は、マスクをして厨房の定位置にいた。
昨日のうちに掃除をしてくれた店主は、誇らしげに接客していたが、常連客が来る度に、叱咤か説教をされていた。
「ラインでもメールでもしろよ」
「黙って出ていくなんてダメだろうが」
フン、ざまあみろ。
「うるせー!雇われ店主が俺で、オーナーが颯大なんだから、構わねぇだろう」
「颯大くんがオーナーなら、霧雨も安泰だな」
「だろ?」
常連客は店主へ、一斉に醒めた視線を投げてた。
「良かったな颯大」
「え、あ、うん」
悪代官いや父が笑顔で珈琲を飲んでいる。良かったとはどういう意味だろうか?店主が戻ってきたから?それとも……
赤面した僕の耳を見てニヤリ。その隣では、母がミルクティとホットケーキを頬張っていた。
幸せそ~~!
「零子ちゃん、監視サンキュー」
「ホント大変だったわ。颯大狙いの女学生とかOLとか、ちぎっては投げ♪ちぎっては投げ♪」
「はいはい。結婚祝い期待しとけ」
「うん!」
「やった!」
珍しく崇史が有休で同伴してるんだ。
「颯大おめでとう」
「ええっ!?」
「上手くいったんだろ?」
「ああ!」
何故か店主が上機嫌で答えてるってどうよ?
朱に染まる僕の耳を引っ張って、崇史が笑ったが、すぐにガチガチになってた。
未来の両親を前にしてか、緊張してる崇史が気の毒だ。何せ「貯金額3千万」を聞いてるせいだな。僕たちの世代では、到底無理だし。
「崇史。大丈夫だよ」
「颯大ぁ~」
そこへ、助け船を出す母。
「崇史くんなんて、息子みたいなもの。信頼してるわよ」
一気に水を飲み干す母を、にこやかに見つめてから、父は穏やかな口調で話しかけた。
「零子をよろしく頼むよ」
「はいっ!」
ガンッ!
水の入ったグラスを置く店主が、ギャースカまくし立てた。
「お前ふざけんなよ?俺にはムチャぶりしやがって、どういうつもりだ?」
「だって崇史いじめたら颯大が泣くし」
いや。泣きはしないよ?悲しいけど。
「弟には厳しいくせに、息子には優しいってどんなアンバランスなんなんだよ」
「んん?愛情の裏返し?」
やっぱ父さんを敵に回したらダメだ。
「いらっしゃいませ」
新たな常連客がやって来た。
「どうしたのぉ!風邪?」
「目が潤んで可愛いッ」
「看病してあげる!」
ドンッ!!
目の前に水のグラスを置く店主。
「何にしますか?」
一瞬、間があった。
「噂の店主さん?」
「うっそ!イケメン♪」
「タイプじゃないけど(笑)」
「やっぱ爽やか系癒し系がいいわよね」
「俺も同感。颯大サイコウ可愛いよな?」
「ですよねー?」
何故か盛り上がってる。僕はいそいそ珈琲をセットして、準備を始めた。
「ずっと一緒に」
【完】
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