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アタシの通学経路は、自宅から自転車で最寄り駅まで行き、そこから高校の最寄り駅まで電車に乗る。駅からはバスに乗っている。帰りは、その逆。
アタシは部活に入っていないから、最後の授業が終わったらすぐに学校を出て、最初に来るバスに乗って帰っている。早く帰る理由は、特にバイトをしているわけではないし、彼氏がいるわけでもない。そのバスに乗る方が、乗客が少なくて良いからだ。
アタシの通っている女子高は郊外にあるから、バスも頻繁には走っていなくて、一本逃すと三十分待つしかない。その後もバスは三十分おきにしか来ない。
毎日乗っている帰りのバスには、最後列の窓際に、いつも頬杖をついて外を見ている男子がいる。制服は隣の男子校のものだ。黒髪で短髪。制服を着崩したりしているわけでもない。いたって普通。特に目を引くわけでもないんだけど、いつもそこにいると何か気になる。
そんなある日。進路指導のことで一時間くらい居残りさせられた。
その日の帰りのバスには、いつもの男子は乗っていなかった。別に、残念に思ってなんていないけど。
すると、私の高校前の停留所から二つ目の停留所から、いつもの男子が乗り込んできた。その停留所は住宅街の真ん中で、周りにお店なんか無いから友達の家にでも行って遊んできた帰りかな、なんて思った。たまたまアタシが乗っているバスに乗り合わせるなんて、偶然もあるもんだな、とも思った。
また、しばらくは同じ時間のバスに乗って帰ることが続いた。もちろん、あの男子も一緒に。
9月の後半になると、文化祭の準備に追われるようになった。
アタシのクラスの出し物はお化け屋敷で、アタシの担当は背景係り。ダンボールで順路を作ったり、お墓や井戸もダンボールや発泡スチロールで作る。他には衣装係や幽霊役や入場受付係りがいて、各々のチームの進み具合で帰る時間は違う。
放課後から作業を始めるから、帰りは結構遅くなる。いつものバスには乗れなくなっている。
そんな、文化祭の準備期間に変な話題で盛り上がった。
「ねぇ、聞いてよ。昨日、帰りのバスで見た男子の話なんだけど、途中のバス停から乗ってきて一区間だけ乗ったら、次の停留所ですぐに降りちゃったの」
「あー。それ、私も見たー」
アタシはそんな男子見たことなかったけど、とりあえず話にだけは参加しておく。
「えー。それって、どうゆうこと?」
「いるのよ。わけわかんない行動する男子高校生が!」
それからは、集まっているメンバーで、好き勝手話し始める。
「なんで、一区間だけバスに乗るの?バスの一区間なんて大した距離じゃないんだから、歩いたほうが速くない?」
「雨が降ってたら一区間でも乗るんじゃない?」
「最近、雨降ってないよね」
「重い荷物を持っていたとか?」
「大きな荷物なんて持ってなかったけどなぁ」
「他に理由なんてある?」
「私は物凄く暑い日とかは一区間でも歩きたくないけどね」
「もう九月後半だし、夕方だし、そんなに暑くないよ」
「じゃあ、ケガしてたとか?」
「ううん、全然普通に歩いてたよ」
「そしたら、なんで?」
「私に聞かれてもわかんないよ」
「だったら、御影さんに聞いてみる?」
―――御影 葵。
背は小さい。ランドセルを背負わせたら小学生に間違われるほど。
背中の真ん中くらいまである長い黒髪は、うなじの辺りで無造作に一本に束ねている。
前髪は眉毛の上で切り揃えられている。
目は異常に大きく、鼻や口は異常に小さい。
小動物のような可愛らしい顔立ちをしていて顔面偏差値は高めだ。
化粧っ気は全くない。男の眼なんて気にしていないようだ。
それなのに胸はアタシより大きい。
勉強はできる。数学や物理・化学のような科目が得意。
でも、美術や音楽とかの芸術系の科目は全然ダメ。体育もダメ。頭では解っているみたいなんだけど、体がついていかないみたい。
それでも御影さんは、とにかく頭が良いから、身の回りで起こった不思議な事を聞いてもらうと何でも解決してくれる。そんな噂が広まっていて、実際に助けてもらった人も、いるとかいないとか。
今は自分の机で六法全書を読んでいる。
ちなみに御影さんは幽霊役で、衣装係が作る衣装が、御影さんの体に合うかどうかを確かめるためだけに放課後残ってもらっているらしい。
みんなで御影さんの机を取り囲み、六法全書から目をあげた御影さんに向かって各々好き勝手に話しかけた。
私の話も含めて、みんなの話を一通り聞き終えた御影さんは、
「あなたが学校に着く時間ってどのくらい?」
と、上目づかいでアタシを見つめて言う。御影さんと目が合うのって初めてかも。
悔しいけど、ちょっと可愛い……。
「えーっと、朝のホームルームが始まるちょっと前ってところかな」
「いやいや。いつも遅刻ギリギリじゃん」
「そうそう。バスが渋滞に巻き込まれた時なんて、猛ダッシュで教室に駆け込んでくるじゃん」
周りの女子たちがキャーキャー騒いでいる間、御影さんは何やら難しい顔で考え込んでいたかと思うと急に、
「あなた!」
ビシッと指さしたその先にはアタシ。
「あ、はいっ」
生徒指導の恐い先生に呼ばれたみたいに直立不動になってしまった。
「付き合っちゃえば」
御影さんは、ぶっきらぼうに言う。
「へ?」
この時のアタシは、間抜けな顔をしていたに違いない。
それっきり御影さんは、話は終わったと言わんばかりに六法全書に興味を移した。
アタシもそうだけど、周りのみんなも呆気にとられてしまった。
「ちょい、ちょい、ちょい。どういうこと?ちゃんと説明してくれないと解んないんだけど」
「そう、そう。教えてよ」
みんなで取り囲んで御影さんを捲し立てた。
鬱陶しそうに六法全書から目をあげた御影さんは、
「それなら、始めるけど。
まず、この時点では仮説の段階だけど、その男子はあなたを見るのが目的だった。」
アタシのことを指さす。
「いつも、あなたが乗ってくる帰りのバスに先に乗り込んでおいて、さも偶然を装っておく。
おそらく、あなたがバスのどの場所に乗っても良いように車内全体を見渡せる一番後ろの席に座っているはず。
そして、文化祭の準備で遅くなったあなたは、いつものバスに乗れなくなった。
その男子は普段なら乗ってくるあなたが乗って来なかったので、
あの子がいなくなった。
と焦ったはず。
次のバスなら乗っているかもしれないと考えたその男子は、次の停留所で降りる。
そこで、あなたが乗っている可能性のある三十分後の次のバスを待ち、乗り込む。
あなたがそのバスにも乗っていないと知ると、次の停留所で降りて、三十分後のバスを待つ。これを繰り返して、あなたが乗っているバスに偶然を装って乗り込む。
その過程の、一区間だけ乗る、というところを他の女子に目撃された。
しかし、あなたが乗っているバスに乗り込んだ男子は、その次のバスを待つ必要がなくなり、終点の駅まで乗り続ける。
そのため、あなただけが、一区間だけバスに乗る男子、という奇妙な現象を目撃していない。
では、あなたが乗る、朝のバスにその男子が乗っていないのはなぜか?
それは、あなたが遅刻ギリギリのバスに乗っているからで、うちの高校より先にある男子校の生徒がそのバスに乗れば、確実に遅刻になってしまう。毎日遅刻するわけにはいかない男子は帰りのバスだけは、あなたを見たかった。
何の取り柄も無さそうな男子が途中の停留所から乗ってくるのに気付くあなたと、あなたを見るためなら三十分間、次のバスが来るのを待つのも平気な男子なら、付き合っちゃえば良いじゃん、って思っただけ」
と、そこまで言い終わると、また六法全書を食い入るように読み続けた。
その日の帰りのバスでは、御影さんの指摘通り、途中の停留所から乗り込んできたその男子高校生はアタシにアプローチをかけてくる素振りも見せない。
仕方がないからアタシから誘ってあげることにした。
「今度、うちの高校で文化祭があるんだけど来ない?」
その後、アタシは早起きをするようになった。
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