あの子がいなくなった

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 突然、あの子がいなくなった。  何も告げず、訳も言わずに。  僕は急いで家の外に出た。 「うわ……」  外は土砂降りだった。僕は玄関に立て掛けてあった君の赤い傘をさした。  僕は取り敢えず駅の方へ向かった。君が遠くへ行くなら電車だろう。  駅前のスクランブル交差点は夏休み中だからなのか凄い人ゴミだ。  でも大丈夫。僕ならこんな雑踏、100人以上はいる人間の中からだって君を見付ける自信はある。  ほら、金色に輝くオーラを発見した。僕はゆっくりと君に近付いて行った。 「濡れちゃうよ」  君は傘もささずズブ濡れだった。 「帰って3時のおやつにしよう」  君の頭上に傘を差し掛け、そっと肩を抱いた。少しひんやりしていた。 「ダメ、あなたが濡れちゃう」 「良いんだよ。君のぬくもりを感じたいんだ」  しばらく2人は無言で歩いた。そう、僕たちの家へ向かって。 「……ごめんなさい。心配掛けちゃって」 「全然。今日は散歩日和だ」 「どこが」  君が少し笑った。 「どうしたの? 何かあったの?」  僕からの問に君は少し躊躇いながら重い口を開いた。 「……また妄想コンテスト落ちちゃったの。私才能無いんだわ」 「何だ、そんな事……」  僕にとっては『そんな事』だが、君にとってはとても大切な事なのかも知れない。 「審査員がどう思おうと、僕は君の作品が1番好きだよ」 「もう、そんな溶けるようなお世辞言って……」  君の顔から緊張がとけたのが分かった。 「私、帰ったら新しい作品書く! 今日はありがとう」 「どういたしまして」  雨の日は本当に散歩日和だ。1つの傘に入るためにこんなにくっついて歩く2人を誰もとがめやしない。  僕はずっと君を守るよ。だから君はずっと僕のとなりにいてくれ。  さすがにこの言葉は恥ずかしすぎて言えなかったが、僕が1番言いたかった事なのは確かだ。  そして僕は気付いた。  君への想いがチョコっとだと思ってたけど、凄くたくさんだったって事に。           おしまい       
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