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「僕も最初は人だと思ってた。でも、違ってた。気づいたらいけない存在だったんだ。向こうはこっちが気づくと、助けてくれるんじゃないかと憑いてきてしまう事があるから、不用意に話しかけてもいけない。」
怖いね。
「まあ、時と場合もあるけどね。」
時と場合?
「うん。自分がまだ死んだと気づいてなくて成仏出来てない場合だよ。例えば、そこの交差点で暴走したトラックによる轢き逃げ事件が数ヶ月前に起きた。かなりの負傷者が出た、そして死者も。被害者の若い女性は、友達と買い物に行く途中に巻き込まれたんだ。その彼女が、あの交差点に出るんだって。表情のない青白い顔で、人間に紛れて歩いてるんだよ、まだ死んだことに気づかずに。」
「・・・そう。それが、私?」
僕は彼女の目を見て頷いた。
すると、彼女は小さなため息をついた。
「園田和志さん。その話は昨日私があなたにしたのよ。」
えっ?
昨日?
「あなたは都合のいいように変えてしまっているけど。数ヶ月前、暴走するトラックに轢かれて亡くなったのはあなたよ。」
何、言って・・・。
彼女と確かに昨日もここで話をした。でもそれは、成仏出来ない彼女に現実を教える為であって・・・あれ?それから、どうしたっけ?
あれ?
思い出せない。
彼女の指がスッと僕へ向けられた。
「昨日、交差点を渡っている途中で貴方を見つけた。死んだことに気づかず、ただそこにつっ立っていた貴方に私は声をかけた。駄目よ、認めたくなくても、信じたくなくても、これは現実なのよ。」
淡々と話す彼女の言葉が頭の奥の何かに突き刺さる。
「これを見て。」
彼女が取り出したスマートフォンの画面に、事故のニュースの動画が流れ出す。
「友人と買い物中だった、都内の大学に通う園田和志さん(19)が暴走したトラックに轢かれそのまま死亡しました。」
画面に出た文字を読み、そこに映し出された写真は確かに僕だった。
「このまま数ヶ月、数年、永遠にさ迷うつもりならもう声はかけないけど。そうでないなら、大切な人の所へ帰りなさい。」
大切な人。
家族の顔が浮かぶ。
父、母、弟、それに猫のチャッピー。
「どーやって。」
「送ってあげるわ。貴方の大切な人達を強く思い浮かべて。」
彼女は僕の肩にそっと触れて、何かを唱え出した。
それがとても心地よくて、自然と目を閉じた。
ありがとう、一華さん。
園田和志の気配が消えた。
今頃家族に会えているだろう。
遠く長いお別れをする為に。
「さて。」
ストローは使わず、直接グラスに口を付けて一気にグレープフルーツジュースを飲み干した。
口に一つ含んだ四角い氷を噛りながら、手がつけられていないアイスコーヒーをそのままに、ヒソヒソ奥で話してる店員は無視して店を出た。
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