贈り物

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「そんなわけで、残念ながらバッチリ全部覚えています」 「なるほどぉ。そういう理由ですかぁ」 「もし、今日ここに呼び出して、もう一度記憶を消そうとしてるなら許さないから。何でもかんでも浮遊局の勝手にさせないんだから」  本当は少し怖かった。いつの間にか操作されていた記憶の削除を、また気づかない内にされるんじゃないか。行かない方がいいんじゃないかって。でも、それ以上に伝えなきゃいけない事がある。だから来た。  挑発的に言った私を見て、橘は「やれやれ」と両手を広げ、オーバーリアクションをした。 「またぁ、尾畑様。相変わらず勝手な妄想が過ぎますね。記憶が消えていくのは、浮遊局で操作しているわけじゃないですよぉ。犯罪組織じゃないんですからぁ」 「え……そうなの?」 「当たり前じゃないですかぁ。身体に戻って日常を暮らし始めた元・物件様は、身体と魂が馴染んでいくに連れて、借主様の記憶を自分の経験として吸収していくんですぅ。そうなることによって自然と、物件としての記憶が消えていくものなんですぅ。単純な仕組みですよぉ」  ――そういう事だったのか。  妙に納得しかけて悔しい。でも、せめて、そんな肝心な事を言ってくれなかった文句は言いたい。 「え、じゃあ今日のことが後から浮き上がってきたのは何で? 変なやり方しないで諸々(もろもろ)先に説明してくれたらいいじゃない。そもそも契約違反だからどうなるかわからないって言っといて、身体に戻ったら音沙汰無いし。その上、あの一方的な通知書でしょ? 職務怠慢(しょくむたいまん)じゃない?」 「ですからぁ、ああいった戻り方でしたから説明する時間がなかったんですってぇ。尾畑様が身体に戻る為に、僕が短時間でどれだけ書類作ったと思ってるんですかぁ。そのお陰でお(とが)めなしで身体に戻りっぱなしでいられるんですよぉ? 後、契約が終わったら基本的に接触禁止ですし、今日のことは最初から書いてあったはずですよぉ? 怒りのあまり見落としたんじゃないですかぁ?」  腰に手を当てプウッと頬を膨らます橘を見て、気温以上の寒気を感じ、身体を震わせた。 「やめてよ、そのブリッコキャラ。本音を隠す為なの? あなたが結構な策士だって聞いてるんですからね。そのキャラを演じ続けたいなら別にいいけど、相当寒いわよ」 「えーっ? 何の事ですかぁ?」 「本当に喰えない男。胡散臭いのは顔だけじゃ無かったのね」 「ヒドイなぁ。この顔のどこが胡散臭いんですかぁ。ベビーフェイスで評判なんですよぉ?」 「そうですか」  冷たい視線を投げた私に橘は「まぁ、元気そうで良かったです」と言い、フッと嬉しそうに笑った。 「身体に戻ってからの半年、私が何をしてたか知ってるの?」 「いいえ。契約が終わった後も調べたりしていたら、それはただのストーカーですし、そんなヒマじゃないですよぉ。何ですかぁ? 恋人でもできましたかぁ? 賢人君でしたっけ」 「よく覚えてるわね、違うわよ。賢人君が好きになったのは『中身が夏木さんの私』なんだから。とっくにお断りしました。ねぇ、いい加減、夏木さんに挨拶しない?」  夏木さんのお墓にお線香をあげて手を合わせた。大事な話は夏木さんにも聞いて貰いたい。 「私、身体に戻ってから実家を出て、一人暮らしを始めました。後ね、先日、会社に辞表を出しました。今は有休消化中です」 「えぇ? お仕事、辞めちゃうんですかぁ? 良い感じだったじゃないですかぁ。何か問題でも?」 「ううん。戻ってからも、すごく上手くいってたの。小山さんは仕事頑張るようになったしね。安心して。寿退社ではないけど、円満退社よ」 「一体、どうしてですかぁ?」  夏木さんのお墓から、隣で首を傾げる橘に視線を向け直した。 「他にどうしてもやりたい事ができたから。橘さん、お願いがあります。私を……浮遊局で雇って下さい」  ポカンと口を開けた橘は、暫く固まった後「そう……きましたかぁ」と呟いた。 「私、わかったの。あなたも元・物件だったんでしょ? 浮遊局で働く人達は皆、物件だったんじゃないの?」 「え? 何を言いだすんですか?」 「インターネットでどれだけ調べても『浮遊局』なんて出てこない。いくら国家機密だって言っても、コレじゃ求人だってできないでしょ? システム課の人はともかく、あなたが国に選ばれたエリートとも思えなかったし。で、思い出したの。中代さんが『自分は物件だった』って言っていたのを。だったら私にも浮遊局で働く資格があるわよね?」 「はは……参ったなぁ」 「ねぇ、そうなんでしょ? いいでしょ?」 「うぅ~ん」  ニヤニヤしながら渋る橘に頼みたおしている内に雪が止み、空から温かい光が溢れ出した。
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