エメラルドの縁。

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エメラルドの縁。

 今日のパーティは散々だった。  まぁ、何となく予想はしていたけれど、ここまで酷いものとは思わなかった。来る前から引き立て役だってのは、分かっていたけれど。あそこまで全員が露骨にならなくっても、少しくらいバチは当たらないって思うんだけれどね。  折角のラッキーアイテムも効果なし。順位が最下位の時点で、気休めにしかならなかったのね。  久しぶりにちゃんと身なりをきちんと整えたのだから、Bar.でも行ってみようかな。どうせ今日は、もう誰とも会う予定なんて無い。だったら、少しくらい酔ってもいいでしょう。  そんな事を考えていたからか、丁度良い場所にそれらしき看板を見つける。 「ビビッドbar.ゼロワン」 「ショットバー」を「ちょっとバー」にするのは良くみるけれど、ビビッドは中々見当たらない。これは文字通り「びびっと来た」と、あたしは思った。  階段を上り、ドアの前に立つ。全面ガラス張りの板チョコみたいなドアで、中が見えないようにステンドグラスになっていた。なんだか教会っぽいんだけれど、中から聴こえるのは讃美歌ではなくスティングのドゥドゥドゥ・デ・ダダダだった。  意を決したあたしは、ドアノブを握って手前に引いてみる。開かなかった。今度は押してみるけれど、ビクともしなかった。もしかして定休日なのかな、って思ったけれど。果たして休みの日に看板出して、スティングのドゥドゥドゥ・デ・ダダダを流すだろうか。暫くドアの前で首を傾げていると、目の前の戸が真横に動いた。え、これ、スライドドアだったの。 「あ、いらっしゃいませ」  ドアを開いたのは、黒髪短髪無精ヒゲのお兄さんだった。よく見ると少し老け気味なので、四十手前っていった所か。お兄さんは失礼かもしれない。黒いワイシャツ、白いネクタイ、腰で巻いた長いエプロン。この店のマスターなのかもしれない。  目が合うなり、急いで無精ヒゲの男性は店の中へと戻る。カウンターの椅子を引いて「こちらへどうぞ」と、目も合わせずに手を差し出した。あたしは言われるがままに椅子へ腰かけると、それを確認した男性は潜り込むようにカウンターへと移動する。 「いらっしゃいませ」と手渡されたのは、温かいおしぼりだった。ほのかにミントの香りが利いていて、少しだけ心地の良い気分になれる。  マスターにメニューを手渡されたので、一応見てみるけれど。ボストン・クラブ、スクリュー・パイル・ドライバー、レイ・スティンガー。あたしはそんなにカクテルに詳しくないので、ゲームのかくとう技の名前にしか見えなかった。 「おすすめは?」  あたしが聴くと、マスターは「全部ですね」と答えた。  頑固親父のやっている寿司屋じゃないのよ、って思った。そりゃさ、どれも自信持って出してるんだから、全部オススメに決まってるじゃない。でもね、普通はオリジナルカクテルとか、店で推したいものを言ってくるんじゃないの。 「それじゃ、おまかせで……」  それでも初めてのBar.で強気に出れるほど、あたしは肝が座ってなかった。 「炭酸はいける口ですか?」 「……え、ええ」 「オーケー。我が命に代えても」  妙なホストみたいな台詞を決め顔で言って、マスターはシェイカーをカウンターに置いた。  マスターは棚から、ひょうたんみたいな形のボトルを取り出した。中には緑色の液体が入っているけれど、何のお酒かは全く分からなかった。よく見ると、GETと書かれていた。 「……ゲット?」 「そんな名前だとしたら、二つあれば複数形でゲッツ」  マスターは同じ形のボトルをもう一つ置いて、両手の親指と人差し指を立てて言った。もう一方のボトルは、真っ白のすりガラスみたいなものだった。  渾身のダジャレを無視されたからか、マスターは寂し気に白い方のボトルをしまった。その表情に、あたしは少しの罪悪感を覚える。ああいう時、どんな顔していいか分からなかったのよ。それにこっちが何か言う度に、目を逸らすものだから。言っている本人も、恥ずかしいのかと思ったし。  鉄で出来た砂時計のような、三角形が二つくっついたものにマスターは緑色の液体を注いだ。それをシェイカーに入れて、次に透明の液体の入った四角柱のボトルを取り出す。その中身も、同じように注いでいく。  レモンを絞って、網で濾しながらシェイカーに入れる。絞った時に果実を回していなかったにも関わらず、果汁がちゃんと出てるのに少し驚いた。  最後に何か茶色い粉を一さじ入れて、真ん中が螺旋状によじれた柄の長いスプーンでかき回す。片端はフォークのアレは、Bar.でよく見るけれど、何て名前なのだろう。味見をしたマスターは、シェイカーを閉めた。  マスターは円柱のグラスを取り出し、氷を入れて柄の長いスプーンでクルクル回す。トングでグラスの中の氷を取り出し、溶けた水を捨てる。シェイカーを開け、中に氷を入れると、先ほどのグラスにも取り出した氷を戻す。  シェイカーを閉め、リズミカルに振り出した。まるでスティングのドゥドゥドゥ・デ・ダダダに合わせて踊っているようだった。  動きを止めると、マスターはシェイカーの一番上のキャップを取って、中身をグラスへと注いでいく。セキセイインコの羽のように、綺麗な緑色だと思った。  グラスの半分まで注がれた液体を、先ほどのスプーンを取り出してクルクル回す。規則正しい回転は、バレリーナのダンスと言ってもおかしくない。  マスターは透明の小瓶を取り出すと、栓抜きを使って開封する。プシュッという音が鳴り、トクトクという鳴き声が響き、シュワーという音色が広がった。思わず、あたしはゴクリと喉を鳴らした。  最後に柄の長いスプーンをグラスに入れて、氷を持ち上げて一回転。クリームソーダに入っているような、真っ赤なサクランボ。それに螺旋状になった柑橘の皮が刺さったものが、グラスの淵に差される。 「お待たせしました。エメラルド・クーラーです」
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