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「ルビー・アイです」
目の前に置かれたピンク色のビールを見て、再びドレスの彼女に緊張が訪れる。本当に美味しいのだろうか、という表情だった。
意を決したように、グラスを口に近づける。一口飲んだ瞬間、彼女に桃色の花が咲いたような表情になった。
「おいしい!」
「ありがとうございます」とマスターは頭を下げる。
まずイチゴの甘味が来て、後にくるトマトの風味が、ビールの苦みをかき消していた。炭酸も控えめだし、これならビールが苦手な女性でもいけるのではと彼女は思った。
「美味しくて当然よ。これは、私のためのカクテルだもの」
ナナさんと呼ばれる女性が、無い胸を張って自慢げな顔になる。確かに他のバーでは聞いた事もないカクテルだとは、彼女も薄々感づいてはいた。
「ルビーって、この色のことですか?」
彼女の質問にマスターは苦笑いして、ナナさんは満面の笑みになる。
「普通はそう思うわよね」
ナナさんが長い髪を捲って耳を見せると、真っ赤な宝石のピアスがそこにはあった。これがルビーの色だと、言いたげのような表情を見せていた。
「私の大好きな宝石がルビーなのよ」
よく見るとナナさんのグラスには、朱色がかったピンクの葉っぱが、デコレーションされているのに彼女は気が付いた。自分のには無いからか、不満げな表情をマスターに向けた。
「でも貴女、これが何の花かわからないでしょう?」
「……え、花?」
どう見ても葉っぱにしか見えないのに、ナナさんは花と言い張るのは何か理由があるのだろうか。彼女は見るからに不思議そうな顔を浮かべた。
「これはですね、プリンセチア・ルビーアイという花のイミテーションです」
あっけなくマスターが、ネタ晴らしをしてしまったせいなのか。今度はナナさんが、不満げな言葉を口にする。
「本当、マスターっていけずよね」
プリンセチアという名前に、彼女は心当たりは全く無かった。けど似たように、葉っぱに赤い色のついたものは知っていた。
「ポインセチア?」
彼女の言葉に、マスターは満面の笑みで大きく頷く。
「サントリーがポインセチアを品種改良して、作ったお花です」
だから、珍しくビールもサントリーの金麦を使っていたのか。そういった細かい技術も、マスターの凄い面だと彼女は素直に思った。
「プリンセスに、ふさわしいポインセチア。サントリーも、いい名前を付けると思わない?」
そのセリフを耳にした瞬間、彼女は一気にルビー・アイを飲みほした。そして、不穏な雰囲気を隠そうともせずに、お会計を申し出た。
敵前逃亡みたいで情けない気持ちだったけど、最後に一つ言いたかったことを彼女は言い放つ。
「マスター、覚えておいてください」
捨て台詞みたいと思ったが、それでも彼女は言わずにはいられなかった。
「わたしの名前はですね――」
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