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七月生まれのプリンセス
その日は文月の暑い日だった。
台風一過の記念なのかは不明だが、先週からニュースでは熱中症の話で持ちきりだった。
一緒に上がるヒノとロッソを、見送ろうと外に出た時。ゼロワンのマスター、オカモトの顔に生ぬるい風が来る。今日も暑い夜になりそうだと、辟易した表情で店内に戻る。
お客様は三名で、二人一組がボックス席のアベックさん。もう一人は、いつもの青いドレスの常連さんだった。
彼女もゼロワンに通い始めて長い筈だが、オカモトは未だに名前を知らなかった。知っておくべきか悩んだが、お客様から申し上げない限りは失礼にあたる可能性がある。
オカモトがカウンターに戻ると、青いドレスの女性は少し照れたような笑みを浮かべる。思わず目を逸らしてしまったバーテンダーが、そこには居たのだった。
引き戸が開いた音がして、オカモトが顔を上げる。髪の長い綺麗な女性が、こちらの目を見て愉快な表情を浮かべる。
「マスター、ただいま」
「おかえりなさい、ナナさん」
ナナさんと呼ばれた女性がカウンターに腰かけると、オカモトはホカホカのおしぼりを受け渡す。次にコースターを用意したが、女性はその手をスマートフォンで撮影した。
「マスター、今日も良き手」
「あ、ありがとうございます?」
ナナさんの言葉に、オカモトは困惑した声を上げる。青いドレスの女性も、どこか怪訝な表情を露わにした。
「何をしているんですか?」
ドレスの女性の質問に、ナナさんはご機嫌そうな声をあげる。
「私、ここ来るたびに、マスターの手を撮らせて貰っているの」
観察日記のごとく、オカモトの手の記録をつけている。と、ナナさんは自慢げな表情をした。ドレスの女性は、さらに不機嫌そうな表情になる。
「一杯目はいかがなさいます?」
「もちろん私って言ったら、アレでしょ?」
野暮な真似をしましたと言って、オカモトはグラスの準備をする。アレとは何だろうか、という風にドレスの女性も食いつくように覗き込む。
オカモトが取り出したのはトマトとイチゴだったので、ドレスの女性は目を丸くする。どちらもバーではよく見る果物だけど、それが一緒に出てくるのは珍しいのだ。
イチゴはヘタを取り、トマトは筋を切るように賽の目にする。そして、それらをミキサーに入れると、オカモトはスイッチをオンにする。
見事に混ざり合ったピンク色の液体をグラスに入れると、次にオカモトはそのグラスにビールを注いでいく。バースプーンで軽く混ぜ合わせ、何かを飾りつけてナナさんの前に置いた。
「ルビー・アイです」
それを受け取ると、ナナさんは一口飲んで笑顔を浮かべる。トマトとイチゴって合うのだろうかといった風に、ドレスの女性は物珍しげな表情を浮かべる。
「あ、あたしにも、それを」
勇気を振り絞ったように女性は言ったので、オカモトもそれに笑顔で応じた。
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