七月生まれのプリンセス

1/2
前へ
/10ページ
次へ

七月生まれのプリンセス

 その日は文月の暑い日だった。  台風一過の記念なのかは不明だが、先週からニュースでは熱中症の話で持ちきりだった。  一緒に上がるヒノとロッソを、見送ろうと外に出た時。ゼロワンのマスター、オカモトの顔に生ぬるい風が来る。今日も暑い夜になりそうだと、辟易した表情で店内に戻る。  お客様は三名で、二人一組がボックス席のアベックさん。もう一人は、いつもの青いドレスの常連さんだった。  彼女もゼロワンに通い始めて長い筈だが、オカモトは未だに名前を知らなかった。知っておくべきか悩んだが、お客様から申し上げない限りは失礼にあたる可能性がある。  オカモトがカウンターに戻ると、青いドレスの女性は少し照れたような笑みを浮かべる。思わず目を逸らしてしまったバーテンダーが、そこには居たのだった。  引き戸が開いた音がして、オカモトが顔を上げる。髪の長い綺麗な女性が、こちらの目を見て愉快な表情を浮かべる。 「マスター、ただいま」 「おかえりなさい、ナナさん」  ナナさんと呼ばれた女性がカウンターに腰かけると、オカモトはホカホカのおしぼりを受け渡す。次にコースターを用意したが、女性はその手をスマートフォンで撮影した。 「マスター、今日も良き手」 「あ、ありがとうございます?」  ナナさんの言葉に、オカモトは困惑した声を上げる。青いドレスの女性も、どこか怪訝な表情を露わにした。 「何をしているんですか?」  ドレスの女性の質問に、ナナさんはご機嫌そうな声をあげる。 「私、ここ来るたびに、マスターの手を撮らせて貰っているの」  観察日記のごとく、オカモトの手の記録をつけている。と、ナナさんは自慢げな表情をした。ドレスの女性は、さらに不機嫌そうな表情になる。 「一杯目はいかがなさいます?」 「もちろん私って言ったら、アレでしょ?」  野暮な真似をしましたと言って、オカモトはグラスの準備をする。アレとは何だろうか、という風にドレスの女性も食いつくように覗き込む。  オカモトが取り出したのはトマトとイチゴだったので、ドレスの女性は目を丸くする。どちらもバーではよく見る果物だけど、それが一緒に出てくるのは珍しいのだ。  イチゴはヘタを取り、トマトは筋を切るように賽の目にする。そして、それらをミキサーに入れると、オカモトはスイッチをオンにする。  見事に混ざり合ったピンク色の液体をグラスに入れると、次にオカモトはそのグラスにビールを注いでいく。バースプーンで軽く混ぜ合わせ、何かを飾りつけてナナさんの前に置いた。 「ルビー・アイです」  それを受け取ると、ナナさんは一口飲んで笑顔を浮かべる。トマトとイチゴって合うのだろうかといった風に、ドレスの女性は物珍しげな表情を浮かべる。 「あ、あたしにも、それを」  勇気を振り絞ったように女性は言ったので、オカモトもそれに笑顔で応じた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加