0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
再会
突然届いた手紙。10年前に転校していった女の子に渡したラブレターの返事だった。
「由美……」
年の瀬も近づき、世間も慌ただしく動いている気配を感じるこの時期が自分は嫌いだ。
年が変わると言っても大したことはない、いつも通り日付が変わるだけであって別に生活が豊かになるわけでも何でもないのに慌ただしくして馬鹿らしい。
毎年変わらない気持ちで過ごす空気の中、仕事納めも終わり部屋で音楽を聴きながら、山積みになった小説をのんびりして読んでいた所に、母親がノックもなしに部屋に飛び込んできた。
「直樹! あんた来年成人式控えて社会人としても2年経った立派な大人になるっていうのに毎年毎年学生の頃と変わらないで年末に部屋でゴロゴロと! ちょっとは掃除や買い物を手伝いな!」
小説も読み終わる頃に母親が顔を真っ赤にして本を取り上げる。
「おい! ふざけんなよ! 何ノックもなしに入ってきた奴に突然本取り上げらんなきゃならないんだよ! 返せよ! 」
「ふざけてんのはどっちだい!? 来月には成人式を迎えるってのに親孝行一つせずにゴロゴロと! 」
うちの家系は、人は遊ばないで一生懸命仕事をする。遊びや贅沢は自堕落になった人間がする事という考え方をしている。
その考え方を否定する気はない、むしろ国や社会から見たら称賛される生き方だろうし。
だけど、俺はそんな考え方が嫌いだ。仕事で我慢して働き、自宅にいても我慢するなんて、生きていると感じない。
こっちの考え方を否定しないで欲しいと何回言っても親はもちろん、兄弟達も理解してくれない。
つまり、一族のはみ出し者扱い。
「あぁ、わかったよ。 買い物くらいは付き合って荷物持ちはしてやるよ」
「最初から自分から進んで手伝いなさいっていうのよ、そうそうアンタに珍しく手紙届いてたよ、名前は……由美って娘からだよ、15時には出掛けるから時間になったらすぐ行けるように支度しておきなよ」
母親は、そういうと部屋からすぐに出て行った。
「由美……」
忘れるわけがない、初めて好きになった人、初めて一緒に映画を観に行って手を繋ぎデートした人。
だけど、付き合っていると思っていたのは俺だけで、由美はそんな事を思っていなかった。
デートしている所をクラスメイトに見られ、次の日にはそいつにみんなの前で大々的に発表され、泣き崩れる由美、好奇心の目に晒される由美と俺。
周りから聞こえてくる嘲笑。
"勝山さん男の趣味悪い"
"よりによって金山かよ"
"もうキスはしたんかな?"
クスクス……クスクスクス…。
小学4年生の夏休み前に起きた出来事。
そして由美は、夏休み中に転校した。
後からわかったんだが、由美の転校は1学期の春にはわかっていた事らしく本当は、終業式が終わった後にホームルームで発表される事になっていたが、終業式に由美は現れなかった。
「その後に由美がクラスメイトに宛てて出した手紙が届いて、住所がわかって……ラブレター出したんだよな」
今考えたらかなり気持ち悪い。仲は良かった男の子に勘違いされ、ラブレターまで送られたら怖すぎだろ俺。
返事は来なかったが、当たり前だろうな。
あれから10年経った今、由美から突然の手紙……。
届いた手紙をベッドに横になり眺めていて、封を開けるか悩む。だって、今さら手紙が届くって不思議過ぎる。何か裏があるんじゃないか?って考えてしまうのが人間ってもんじゃないのか?
などと自問自答を繰り返し、結局母親の買い物の手伝いを終わらしてから読もうと決めて、ベッドから体を起こして手紙を机に置き、部屋を出た。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
買い物から帰宅して、家族で夕飯を取り、シャワーを浴びて寝るだけにして、由美からの手紙を開く。
『突然の手紙ごめんなさい。 もしかしたら覚えてないかも知れませんね。 覚えていなかったらこの手紙を捨ててください。
それでは、本題に入ります。
10年前に金山君から突然ラブレターが届き嬉しく、驚きました。
ただ、当時の私は返事を出すだけの勇気もなく躊躇っている間に中学校に上がり、部活や受験で忙しくなり……って言い訳ですね。
自分を正当化する言い訳ばかり考えてしまいます。私は、自分のことばかり考えて嫌な女です、金山君の気持ちを考えないで返事を遅らせていました。
私は、ずっと金山君のことが好きでした。
みんなから容姿をからかわれたりしても、いつも誰かを笑わす事ばかり考えて、根暗な私が一人でいる事を気にしていつも話掛けてくれて、どれだけ救われてたか。
気付いてましたか? 金山君が構ってくれるようになってから私をいじめる人達からのいじめがなくなった事を、私が毎日学校に行く事が楽しくなった事を、一緒に手を繋ぎながら映画を観に行った道のりの高揚感を。
やっと私の気持ちを伝える事が出来ました。
私は来年の春に結婚します。
その前にちゃんと返事を言いたかったのです。
長文駄文に付き合っていただきありがとうございました。
金山君は、ちゃんと好きな人と結婚して幸せになってくださいね』
ふぅ。俺はため息一つ吐き手紙を置いた。
こんなのってあるかよ? ずっと好きだったって事と結婚するって事を一緒に報告されるって……。
しかし、何か違和感がある。なんだ?何かが引っ掛かる。
俺はもう一度手紙を読み返し、その違和感の原因に気づく。
いてもたってもいられず財布を手に取り、俺は親に行き先も告げず家を飛び出し服装も髪型も気にせず、駅に向かって走り出していた。
由美の住んでいる所は、幸いにも清泉区に住んでいて、俺の住んでいる大河区からそんなに離れていない。
私鉄駅が近くて良かった。
電車に乗り、20分ほどで新清泉駅に着き、そこからは走って由美の住所に向かった。
時間は21時を回っている。独身女性、それも結婚を控えた女性の自宅……。
"まこと荘"
え?ここで間違ってないよ……な?
若い女性が住んでいるとは到底思えないような見るからにボロアパートで、近所からは子供達の肝試しに使われそうなくらいのおどろおどろしさがある。
手紙に記されていた住所の部屋を外から見てみると部屋の電気はついている。
こんな時間に訪ねて良いのかわからないが、ギシッ ギギィギィーという鈍く嫌な金切り声をあげ今にも壊れそうな階段を上り(単に俺が90kgもあるせいかもだが)由美の部屋のチャイムを鳴らした。
ピンポ……
ボロアパート過ぎてチャイムまで壊れているみたいで、ちゃんとチャイムが鳴らない。
「はい。 どちら様ですか? 」
チャイムを鳴らしてから、程なくドア越しに訪ねてくる女性の声、夜中の突然の訪問者に恐怖を覚えない女性なんか今の時代にいるわけないな。
「あ、あの、夜分遅く申し訳ないです。 自分金山直樹って言います。 手紙もらって気になる事あって突然押し掛けてしまい申し訳ありません」
「かね……金山君!? え、嘘、ちょっと待って! 部屋散らかってるし、私化粧してないし……」
「ですよね、もし明日暇なら会いませんか? 新清泉駅近くにある豚豚に18時で」
「あ、はい。 大丈夫です」
「じゃあ、明日」
そう言って俺は自宅に戻る為に駅に向かって歩きだした。
帰宅してすぐにシャワーを浴び布団に入ったわけだが、全然眠れない。
明日由美に会うと思うと緊張と不安、嬉しさが混ざり合い、えもいわれぬ感じだ。
色々考えているうちに気づくと眠りについていて、寒さと眩しさで目が覚めた。
時計を見たら13時。
とりあえず顔を洗い、歯を磨き、身支度をして時間を潰す為にゲームを始める。
ダメだ。全然楽しくない。
駅周辺で時間を潰そう。
そう思って駅に向かい、時間を潰しているうちに時間がきたので目的地の"中華 龍龍"へ。
「いらっしゃーい!! 」
店に入ると大きな声で迎えられた。
席は自由に座って良いらしく、特に何にも言われなかったので一番奥のテーブル席に着く。
メニューを眺めていたら、また店主の威勢の良い掛け声が聞こえ、由美が現れた。
「あ、勝山さん! こっち! 」
昔と変わらない肩まで伸びた艶やかな薄い茶色をした髪、白いマフラーを巻きグレーのコートを羽織り、寒い中急いで来て暖かい所に入ったせいか頬を赤く染めている。
は…ふぅ……。
艶かしい息を吐きマフラーを外し、コートを椅子に掛け席につく。
「ごめんなさい、遅れてしまって」
「いや、俺も今着いたばかりで注文すらしてないから大丈夫だよ」
髪をかきあげ、メニューを見せてと顔を近づけてきたので慌ててメニュー表を真ん中に置き横にして、二人で選ぶ。
凄い甘い香りがする。どうして女性とは、こんなにも良い香りがするんだろうか?
メニューなんかより由美の一挙一動が気になって仕方がない。
「金……ま…ん、金や……ん、金山君!!!!」
はっ! と俺はその声に現実へと引き戻され、鳩が豆鉄砲を食らったような情けない顔をしていたんだと思う。 クスクスと笑っている由美が視界に入り、自分の顔が熱くなっていくのがわかる。
そんな俺を知ってか知らずか(いや、絶対わかっているよな)からかうように顔を覗き込んできたもんだから、ますます俺は顔を赤くする。
「どうしたのかなぁ? 久しぶりに会った昔の好きな人に会って緊張しちゃったのかなぁ? それとも私が可愛い過ぎて緊張しちゃったのかなぁ? なんてね」
「違うよ! 寒い所から暖かい所に入ったから、ちょっと頭がボォーとしただけだよ」
「ふーん、緊張しているのは私だけどね」
え?
「すいませーん! 注文お願いしまーす! 金山君注文決まったでしょ? 」
店員さんに声を掛けてから、"しまった"という顔をしながらこちらを見る由美。
しっかりしているようで、天然な所というかそそっかしい所は何にも変わってない、だけどそういう所に懐かしさを感じ、同時に悲しい気持ちになる。
当時どうしてクラスメイトにデートしていた事を指摘されたら泣き崩れてしまったのか、転校する事を教えてくれなかったのか、そして何故転校して行く前にお別れの挨拶をさせてくれなかったのか、聞きたい事が沢山ある。
「うん。 決まってるから大丈夫、店員さんを呼んでくれてありがとう」
割烹着姿の店員のおばちゃんがパタパタと近づいて来て、一緒におしぼりと水を運んできてくれた。
注文を。 とおばちゃんが伝票と鉛筆を手に聞いてきた。
「醤油ラーメンと餃子と生ビール、金山君は? 」
「味噌ラーメンと炒飯と唐揚げと春巻きと瓶ビールで」
店員のおばちゃんが注文を繰り返し聞いてからテーブルを離れ、厨房に伝えている声が狭い店内に響く。
昔からある4人掛けのテーブル席が2卓、カウンター席が6席、俺の真上にテレビがあり、年末でも入っている客は常連ばかりで、店内の客は俺達を含め6人しかいない。 こういう店の方が洒落た高いお店より俺は好きだ、落ち着く。
と、気付くと凄く驚いた様子の由美が、ずっとこちらを凝視している。
「金山君、あんなに頼んで大丈夫? 」
「あ、お金はちゃんとあるから大丈夫だし、今日は、こっちから誘ったから……」
「違うよ! お金の話じゃなくて、カロリーだとか食べ切れるのかとかの話だよ、フフフ」
由美は、そう言うと笑いを我慢できずに吹き出している。
そうか、さすがに食べ過ぎか。 そりゃ太るわけだ、この位の量が当たり前で痩せていたのは高校3年から19歳までのたった2年程度。
「金山君、本当に変わらないね、体型」
「いや、俺も2年前から痩せて去年までは痩せていたんだよ」
「本当かなぁー? そういう事にしておいたげる」
由美にクスクスと笑われるもこういうやり取りが妙に居心地が良い。肩肘張らずリラックスしていられて良く思われよう、思われたいという下心さえ沸き上がらない。
「はい。お待ちどう様ー。 生ビールに瓶ビールね」
俺達の会話を遮りドンッ!ドンッ!とテーブルに置かれる。
「とりあえず乾杯しようか? 」
「そうだな乾杯しようか? 」
ぽん!
由美がビールの栓を抜き、俺のグラスにビールを注いでくれて "はい" と目の前に差し出してくれて俺はそれを右手で受け取り頭を軽く下げ、由美は生ビールの中ジョッキを手に取る。
「では、10年ぶりの再会を果たした事に乾杯!!」
お互いのグラスとジョッキを "カチン" と当てる。
ごくん、ごくん、ごくん、とグラスに注がれたビールを一気に飲み干す。由美はまだ胃へとビールを注ぎこんでいて、あっという間に全部飲み干してしまった。
「ぷっはー! 生き返るわー! とりあえずビールだよね? やっぱり」
口に白い泡をつけそう語る由美がなんか無性に面白く緊張がほぐれ、そこからお互い馴染むまで早かった。
俺達は、会っていなかった10年の空間を埋めるように話をしていた。部活の事、恋愛の事、初めてしたバイトの事、高校受験の事、本当に色々話をした。10年という長さを感じさせない居心地の良さ、久しぶりに腹から笑っていた。
そして、俺はぐいっと身を乗りだし由美に問いただした。
「それで、なんで10年も経ってから突然今になって返事を寄越したんだ? 」
「うん……。 そうだよね、ちゃんと言わないとね 」
そして何故10年ぶりにラブレターの返事を送ったのかを淡々と由美は語り始めてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!