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鈴木可南子
週明け。昼休みになると案の定鈴木可南子が声をかけてきた。今日もまるっとファッション誌をお手本にしたヘアメイク。企画開発室のドアのところですれ違う男性社員に愛想を振りまきながら、私に手を振っている。
私は3階の企画開発室。鈴木可南子は6階の総務。わざわざご苦労様。
適当に断ろうとも思ったが、鈴木可南子の作り笑顔を見て、断るのをやめた。
「小鳥遊さん、意外」
会社から少し離れた喫茶ヤマウチでナポリタンをすすりながら鈴木可南子が言った。
「……何が?」
「まさかさぁ、あそこで会うとは思わないじゃない。いつから? 私、先月から。でね、よかったら情報交換とかして共闘しない? お互いの好みとか知ってたら効率いいじゃない」
私は看板メニューのハンバーグ定食にナイフを入れた。詮索されるのは嫌だし、鈴木可南子とつるむのは面倒。さっさと話して終わりにしよう。
「1年前から。でも、もう少ししたら退会するし。協力してあげたいけど難しいと思う」
「え」
鈴木可南子はポカーンと私を見た。
「小鳥遊さん、結婚したいんじゃないの?」
「別に。親が結婚、孫ってうるさくて。婚活したら結婚する気になるかとも思ったけど、逆効果だった」
「どういうこと?」
鈴木可南子はナポリタンを口に運ぶのも忘れている。
「男も女も、結婚したい、いい物件って血眼になってるのについていけないし、自分が結婚相手として品定めされるのも気持ち悪い。逆に鈴木さん、すごいわ」
合コンクイーンが婚活パーティにいるとか。そこまでして条件いい人と結婚したい? そんな気持ちが漏れ出てしまったかもしれない。自分でも思った以上に皮肉っぽい響きを帯びた。鈴木可南子はフォークを皿に置いた。
「……何が言いたいの?」
「単純に結婚への意欲がすごいなって思って」
「幸せになりたいって努力することの何が悪いの。黙って待ってても白馬の王子は現れない」
「悪いとはいってないじゃない。私は結婚に幸せの価値を見出してないだけ。でも世の中の多くは結婚=幸せみたいだから、正解なんじゃない?」
鈴木可南子は冷ややかな目で私を見つめている。
「小鳥遊さんってさぁ、まあキレイ系で、私なんかより頭はいいと思うけど、あそこに1年通ってまだ独りってのわかるわ」
鈴木可南子は黙って食事を終えると、お先にと言って席を立った。不愉快さを残したまま。
自分の都合を一方的に言ってきたクセして。なんで私が嫌な気持ちにならないといけないわけ。イラつく。
心の中で鈴木可南子に毒づいても、心に引っかかった棘は存在感を増すばかりだった。おかげで午後の気分は散々だった。
ああ。もうヤダ。このモヤモヤ吹き飛ばしたい。
終業後、私が向かったのはカラオケボックスだった。部屋に入るなり、ブルーハーツの曲を片っ端から入れていく。
「こんな時こそブルハでしょ」
マイクを握る。立ち上がり、画面の正面に立つと同時にロクデナシのイントロが流れてきた。
「はー……お腹すいた」
歌いに歌って3時間。大声で歌って歌って歌いまくって、モヤモヤを少し発散できた。終電も近いので、電車でも座ることができた。今日初めてのラッキーかもしれない。座って落ち着いたら、車内の人々が目に留まった。
ドア側のおじさん。くたびれてるなー。スーツ、ヨレヨレ。営業と見た。
つり革を持つ左手の薬指に指輪が光った。
結婚してるんだ。意外。意外って言ってもこっちの勝手なイメージだけど。指輪とかするタイプに思えなかった。
くたびれたおじさんが、急に家族のために頑張るお父さんに見えてくる。
その近く。座るなり不機嫌そうにスマホをいじりだした若い女性。今年流行りのワイドパンツにビックシャツ。足元はサンダルで、ペディキュアまで抜かりはない。
はー。この時間までオシャレに隙なしってことはアパレル系とかかもね。
そうであるなら納得だ。長い爪を器用に使ってスマホをいじっていた女性が、一瞬微笑んだ。指を忙しく動かし始めたからメッセージを打っているのだろう。彼氏からのメッセージかもしれない。さっきまでの無愛想な印象が崩れ、ちょっと可愛く見えてきた。
その隣のおじいさんの膝には小さな折が乗っている。
おー。酔っ払いのお土産。
お酒を飲んできたのだろう。ちょっと顔が赤い。鼻先に老眼鏡をちょこんと乗せて本を読んでいる。
大きなリュックを背負って音楽を聴く塾帰りらしき男子高校生。お花の先生なのか。和服姿で花材を持った年配の女性は腰掛けている様子も凛としている。
一日の終わり。みんな疲れをにじませながらも、家に帰る安堵感に包まれている。誰かが待っているであろう家。
私は、寂しいのかな。
これから帰るマンション。迎えてくれる存在はない。ドアを開けて、ただいまと呟く。一人暮らしだからおかえりと返してくれる人はいないけど。だからといって特に寂しいとは感じない。もともと一人で過ごすのが楽というタイプだ。
誰かいて、楽しいことを分かち合いたいってのはあるけど。だからってそのためにパートナーが欲しいってんじゃ、ないんだよね。
私は、電車の規則正しい振動を感じながら目を閉じて情報をシャットアウトした。
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