結婚って何ですか

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結婚って何ですか

「亜希」  火曜日。社員食堂で遅い昼食を取っていると声をかけられた。顔を上げると向かいの席に松浦美香が腰掛けた。 「先輩」 「久しぶり。元気? 企画開発、忙しいでしょ」 「忙しいは忙しいですけど、やりたい仕事だったんで苦しくも楽しいです」 「あー電話に出るのもおどおどしてた新人が成長したもんだわー」  先輩は年寄りくさくこんなことをいうと、髪をまとめて蕎麦をすすった。先輩は私の5期上で、入社時の教育係だ。とにかく仕事には厳しい人で、未だに頭が上がらない。 「先輩こそ忙しそうじゃないですか。聞きましたよ。商店街の件。1軒ずつ営業回ったって」 「そうそう。頑張ったわよ。課長補佐だからちゃんと動かないとねー。ネットとか使ったことのない事業主も多くて大変だったけど、やってみて理解してくれたみたい。お金出してもらってる分、集客に繋げないとね」  当たり前のことだけど、ユーザーを大切にする人なんだよね。だからお客も、部下もついてくる。そこは新人の頃から変わらず尊敬している。 「で。最近どうなの」  ひとしきり近況報告を終えると、先輩がこう聞いてきた。 「どうって……あ。クリスマス関連のコンペは」 「そうじゃなくて、プライベート。色よい話はあるのかってことよ」  そっちの近況報告ですか。あー……先輩。それ、セクハラになると思います。  私はそう思いながら、ちょっと困った風に返した。 「うーん。特に変化なしですかね、そっちは。母がうるさいんで結婚相談所登録したんですけど。ちょっと」 「婚活してるの!」  先輩は目を丸くした。自分からこの話題振ったくせに。 「そうですね。でももうなんか違う感があるんで止めようと思ってます」 「参加してる男の人、いい人いない?」 「プロフィール見る限り、皆さんちゃんとしたところに勤めてて、結婚相手としては申し分ないと思うんですけど」 「けど?」 「私、どうも結婚って意味がわからないんですよね」 「はあ?」 「紙切れ一枚の話じゃないですか。それにこだわるより、尊敬し合える仲で、それぞれを尊重できれば結婚って手続きいらなくないですか? これがあるから胡座をかいてダルダルな感じになると思うんですよね」 「亜希。あんた時々あれこれ考えすぎって思うことあったけど、まさにそれじゃない?」 「そうですか? 婚活パーティー、いろいろ出ましたけど、結婚したいから相手探すって方が本末転倒な気がします。結婚の手続きが済んだら、結婚するっていう目的は達成するわけですよね。でも、問題はそこからで、そこからが長いじゃないですか」  先輩は目を閉じると、眉間にしわを寄せて唸った。 「うーん。でもその長い未来が想像できて、覚悟があるから結婚するんじゃないの?」 「さあ、どうですかね。私はピンとこなくて」 「もー亜希は考えすぎ。これって人に会ったらわかると思うけど、結婚って、そりゃ他人が一緒に暮らすんだからいろいろあるけど、結構いいものよ。今度さ、ウチの人と飲み会企画してるの。それとなく独身にも声かける予定なんで亜希も来て?」  そういって先輩は屈託なく笑った。  あ、目的はソレ? 自分が結婚したら誰かをくっつけたくなる、ソレ。既婚者のデフォですか? 結婚した途端に独身時代忘れて、なんかマウント取ったみたいになる。結婚しないと人生詰む。結婚しないと一人前じゃない。結婚しないと寂しい人間みたいな空気、ほんっと嫌。結婚しない自由も幸せもあるじゃない。結婚が幸せで人生の成功みたいな型にはめるのやめて欲しい。  そもそも結婚って何? 束縛と義務が発生する関係性の決定。結婚したからって何が変わるの? そもそも結婚のメリットがよくわからない。家族手当? 共同生活による負担軽減? 助け合える部分もあるだろうけど、他人と暮らすって、相手に生活能力がなければストレスしかない。  それよりも結婚して、大体は女性がパートナーの籍に入って、名前が変わるってののメリットがわからない。変更手続きが面倒なのは籍に入った方。物によっては変更手数料かかるし。あるとしたら姓が変わって「結婚した女」の称号が得られるってくらいだよね。  もちろん、私だってパートナーはいた方がいいと思うし、いたら心強いなとは思う。人生100年って時代に死ぬまで一人というのは、寂しいとも思う。でも、それは結婚ありきの話じゃないし。私は結婚したいんじゃなくて、お互いを尊重できる自立したパートナーが欲しいわけ。そしてそれは残念ながら婚活パーティーや合コンでは出会えないわけ。スタート地点が違うから!  会社からの帰り道。叫びたい言葉が体の中で渦巻いていた。この時間にしては珍しく、駅方面からどっと人が押し寄せてくる。近くのホテルでイベントでもあるのかもしれない。精神的体力がない時の人ごみは疲れる。 早く帰ろう。 私は疲れた気持ちに喝を入れ、しがらみを振り切るように足早に駅へと向かった。
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