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パセリの答え
母の機嫌を伺って退会のタイミングを計りながらの、不毛な婚活は続く。たまに鈴木可南子と出くわすこともあるが、あっちが声をかけてくることはない。観察していると、意外にも気を回すのが上手いとわかった。男性だけにいい顔をしているのかと思っていたが、女性ともよく喋る。相変わらず意識高い系ファッション誌から抜け出したようなヘアメイクだけど。いつの間にか鈴木可南子の周りには人の輪ができ、ギクシャクしていた男女が和やかにやりとりしている。
「鈴木さんとお知り合いでしたっけ」
婚活アドバイザーが声をかけてきた。
「まぁ、そうですね。会社の同僚です」
「小鳥遊さんは?」
輪に加わらないのかということだろう。
「はは。自分のペースでゆっくり参加させてもらいます」
「ステージに向かって右側の、3番の男性、見えますか?」
アドバイザーが笑顔で示した。見ると、年の頃40代半ば。真面目そうなぽちゃ男がいた。ちょうど女性に話しかけられ、一生懸命挨拶をしているところだった。……68点。
「小鳥遊さんとお話ししてみたいそうなんですが、どうですか?」
「はぁ」
いい歳した大人が、自分で声もかけられないってある?
「武田さんっていいます。何度も声をかけようとしたそうですが、極度の緊張症で上手くいかなかったみたいで。それとなくグループを作るので、お嫌でなければ参加してみませんか? 彼も映画好きですよ」
見透かされている、と思った。わかっていて説得するでもなく、無理強いするでもなく、やんわりと提案してきた。
もう一度、タケダという男性を見た。人の良さそうな、やっぱりぽちゃ男だった。チラと、鈴木可南子を見た。グループはばらけ、男性と何やら真剣に話をしていた。「幸せになりたいって努力することの何が悪いの」という鈴木可南子の言葉が脳内でアラートのように繰り返す。
私は自分に問いかける。「幸せへの努力してみる?」
まずは話してみるのもいいんじゃない? 映画好きだっていうし。共通の趣味があればマッチング率高いってデータあるし。そこから相手を知ることができたらもしかしたら好意が芽生えるかも。
「武田さんのプロフィールご覧になりました? 一流商社にお勤めで、料理も趣味ってところがポイント高いんですよね。本人も結婚の意思はあるんですが、こう生真面目というか、シャイというか。恋愛には不器用なようで。小鳥遊さんとお話してみたいと相談があった時は、これまでの武田さんからすると考えられなくて驚きました」
アドバイザーは仲を取り持つのが仕事な訳で。彼女は顧客から相談を受け、課題解決のために仕事をしているにすぎない。彼女の言葉通り、ぽちゃ男は一流企業に勤め、人が良くて、もしかしたら趣味も合って、いい結婚相手なのかもしれない。でも、何か引っかかる。
「うちに申し込んだのと同時に、新居としてマンション買ったそうですよ」
その一言に、心の中で何かが弾けた。
鈴木可南子のいう通り、出会いは待っていてもやってこないというのは正しいと思う。出会いはどんな形でもいい。そこから信頼と尊敬が育めるのなら。でも、思い描く幸せのカタチが違う人とはどこまでも交わることはできない。
「あの……」
「映画や料理が趣味って方、何人かいますから、前のテーブルに集まってもらいますね」
「いえ。あの、私、帰ります」
唐突な私の言葉にアドバイザーは驚いた。
「具合でも悪いですか?」
「いえ、そうじゃないんです。私、婚活やめます。お世話になりました」
ぽかんとするアドバイザーにハートのナンバープレートを返し、私は会場を後にした。
外に出ると、秋の気配を感じる風が通り過ぎた。ほろ酔いのサラリーマン、腕組みして歩くカップル。週末の浮かれた雰囲気が漂う街に私も合流した。
この時間ならレイトショー、間に合うな。
久しぶりに感じる開放感で足取りは軽かった。 了
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