マフラーアンソロジー

自殺者は斯く語りけり

　　テ―プを再生してみる。
　２分後に咳き込む音がした。
　３分後くらいから吐き気を催したのだろう、「ゲ―、ゲー」という音が聞こえて来た。
　４分後には激しく咳き込み始め、「ゼー、ゼー」という喘鳴が聞こえて来た。
　５分後、呼吸が浅くなり呼吸回数が減るに伴い咳が少なくなった。
　６分経過すると、呼吸は相変わらず浅く、呼吸回数が更に減った。
　８分経過すると、呼吸は１分間に６回程度になった。
　１２分経過すると、呼吸に顕著な変化が見られ、吸うよりも吐く間隔が長くなった。
　そして１５分経過し、呼吸が１分間に３回程度になった時だった。　
「嗚呼、く、雲の中に、い、居るんだ。」と呟く声が聞き取れた。
　５秒後、「ぼ、僕はて、天国へ、昇る・・・」と呟く声が聞き取れた。
　さらに３秒後、「と、途中なんだ、な」と呟く声が聞き取れた。
　いずれも弱り切った声ではあるが、幸せそうな声だ。意識が朦朧とした中で自ずと口から漏れたのだろう。
　１８分経過すると、呼吸の音がしなくなり、絶命したことが分かった。

　男がゴムホースで排気ガスを車内に引き込んだ車のエンジンは、オイル上がりしていた。だからマフラーからは白い排気ガスが排出され続けて車内に充満し、雲の中に居るように思えた訳だ。
　僕は助手席に男がセットしたテープレコーダーを戻し、冥福を祈った。