アンニュイなカップル

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アンニュイなカップル

d5c8b154-a724-4be5-b9f1-4da7a21ea395 肌寒い中、駅前ロータリーのベンチに座って待っていた美奈子が手を振りながら立ち上がったのを見て雄一は愛車であるバイブラントレッドのフェアレディZをブーブー言わせながらベンチ近くの路肩に横付けした。  美奈子はブルージーンズにライトブルーのチェスターコートを組み合わせ、ネイビーチェックのマフラーをニューヨーク巻きにしてコーデをモノトーンでまとめ上げ、シックに決めている。  彼女は19歳と若くルックスもスタイルも申し分ないからとてもイケてるのだが、言葉遣いが当世風に悪いのが玉に瑕で、いそいそとフェアレディZに近寄って行き、フロントドアを開け、「おっはー!」と挨拶してから助手席に乗り込み、後部座席に脱いだチェスターコートを置くと、早速、質の悪いJKよろしく切り出した。 「はあ、なんか、めっちゃあったくねえ、おまけにマフラーの音もめっちゃうるさくねえ、っつうか、チョーでかくねえ」 「フジツボに替えたんだよ」 「ふじつぼって源氏物語にしつこく出て来る宮さんの事じゃねえ」 「そのふじつぼじゃねえよ」 「ハッハッハ!草生える!最&高な突っ込み!あたいら半端なく息が合ってるし~みたいなあ・・・」 「別にそうでもねえよ」 「何、そのつれねえ返事!ちょっと怖いんですけど~、雄一、機嫌悪くねえ!」 「だって朝からFM聞いてたらさあ、パーソナリティがよお、皆さんの日曜日が素敵な日曜日でありますようになんて言うんだぞ」 「ああ、分かる分かる!赤の他人のために祈願するわけねえし~みたいなあ~、おまけにそんな口先だけの言葉に好感を持つ上滑りな奴もむかつくし~みたいなあ~、実際、上滑りな奴ばかりだからディレクターがパーソナリティに言わせるし~みたいなあ・・・」 「それにパーソナリティがよお、今日も笑顔を絶やさず明るく前向きに行きましょうみたいなことを言いやがるもんだからさあ・・・」 「ああ、分かる分かる!実際にそうやって生きてる奴って明るけりゃ月夜だと思う浅慮しか持ってないし~、知らぬが仏でのうのうとしてるし~、そんな奴らと一緒くたにされて言われてもって話だし~」 「うん、そんな奴らと同調したらおしまいだ。それに俺らにとって笑顔で明るく前向きに行きましょうって言われることは少子高齢化、貧富の二極化、地球温暖化、グローバル化、画一化等々が進む中、さまざまな弊害が起き、将来を悲観視、不安視せざるを得ない、この世知辛い世の中を嘘で誤魔化して肯定して行きましょうって言われるのと同じことになるもんなあ」 「うん、分かる分かる!既存の俗な価値観倫理観に侵され、自分の中に確固たる価値観倫理観がない所為で与えられた悪環境を正しいと思うし~、当然、与えられた悪環境に順応しようとするし~、おまけに普段、社交辞令を濫用してるし~、綺麗事に誤魔化されてるから~そんな戯言をほざくんだよねえ~みたいなあ・・・」 「おまけに戯言通りにする事が何より大切なのよ、そうすれば幸せがやって来るのよみたいなことを誠しやかに言いやがるんだよ」 「それって中身を改善しなくても上辺さえ着飾れば、ハッピーになれるんだよって言ってるのと同じ臭くねえ」 「ああ、奴らの言うことは笑う門には福来るという言葉とは趣を異にするんだよ」 「分かる分かる!、実際、奴らは笑顔を打算的に作って悪用して儲けてるし~みたいなあ・・・」 「ああ、腹黒さを笑顔でごまかす政治家のポスターに好感を持つ、そんな上滑りな奴らに支持され人気を得てるんだ」 「それじゃあ、欺いてることになるから眉唾物っつうかあ、ペテン師と変わらなくねえ」 「全くだ。その点も嫌気がさすが、ラジオショッピングのコーナーになると、ジャパネットたかたの高田明もどきの相棒に早変わりしてさ、ハイコスパだのハイクオリティだのコンビニエンスだのと商品をこれでもかって位、褒めちぎりやがるからまるで商品の太鼓持ちみたいになってさ、それを聞いてても嫌気がさすよな」 「分かる分かる!こないだなんかもさあ、冷凍生ズワイガニの宣伝してたんだけど、冷凍生ってプロがボイルしてる冷凍ボイルと違って風味を殺さずに解凍するのが難しいし~、プロじゃないと甘味を殺さずにボイルするのが難しいのに~、カニしゃぶとかカニ鍋にすると最高に美味いだのボイルしてないからお買い得だのって無責任に持ち上げやがるし~、ほんと腹立つよなみたいなあ・・・おまけにパーソナリティがパーソナリティならゲストもゲストでさあ、パーソナリティが地元にやって来たアーティストの曲をかけた後、そのアーティストがゲストとして登場すると、来た土地の事をやたらに持ち上げてねえ」 「ああ、ライブの客足やアルバムの売り上げを伸ばすためにそうするんだ」 「分かる分かる!それでさあ、何処の土地の放送局へ行ってもお客さんの声援が温かいだの食べ物がおいしいだのって必ず讃えてねえ」 「ああ、酷いお調子者になると、第二の故郷なんて言ったりしてさ」 「うん、言う言う!また聞き手も聞き手で私もライブ観に行きたいとか調子のいいことを言うんだけど、ゲストにほんとに観に来ますかって聞かれると、時間があれば行けますってぽろっと言っちゃうもんだからゲストにそれは一つの断り文句ですかねなんて突っ込まれたりするし~」 「そうそう、そんでもって笑い合って予定調和に場を凌ぐんだ」 「そうそう!ほんとはライブ観に行く気なんか更々ないもんだから笑って誤魔化すし~みたいなあ・・・」 「そうなんだよ。奴らは全く空虚な和み合いをするんだ」 「だけど、空笑いで笑い合っていても打ち解け合ってるみたいに上滑りな奴らに見られるし~、自分もその気になったりするから~、空虚な和み合いばかりしていても、もし一年振り返ってどうかって聞かれたらお互いに見栄張って楽しい一年でしたって言わなくねえ」 「ああ、仏陀が一切皆苦と悟ったように思い通りにならないのが人生というものなのに楽しいと言い切ってしまうのは本音を言わない上に虚栄心が強いからだよ」 「分かる分かる!餓鬼なら兎も角、苦しいことの方が断然多いはずなのに見え透いた嘘ばかりつきやがってさあ・・・もし、本当にこの俗世においてそんなに楽しかったら愚鈍な純然たる馬鹿だよ・・・但、番組が終わった後、今日も本当のことが何にも言えなかったってお互いに嘆くことになれば、まだ救われる可能性はあると思わねえ」 「ああ、罪悪感を持ってることになるからな。それなら、まだ良いんだが、奴らは嘆くことにはならないさ」 「分かる分かる!むしろ嘘も方便とか言って嘘をつく自分を良しとして自己欺瞞するし~」 「ああ、そして嘘をつくことを処世術としてしまうんだ」 「そうなると救いようがないんですけど~みたいなあ・・・」 「ああ、でも、本人は道義的に物を見ないから別に自分がどうしようもない人間とは思わないよ。まあ、道義的に見れば、他の人間もどうしようもないのばかりだから自分が普通だと思うしね」 「つまり嘘をつくことが当たり前になってるし~」 「ああ、義に喩らず利に喩るから嘘をつくことになるんだな」 「分かる分かる!自分にとって得になることなら平気でお世辞を言ったりお体裁を言ったりお愛想を言ったりして口先だけの言葉を並べ立てるし~みたいなあ・・・」 「ああ、巧言令色鮮し仁と孔子は言ったけど、正にその通りで歓心を買おうと言葉巧みな奴は人として最も大事な仁の心が欠けてるんだよ」 「ソクラテスのおっさんも言葉巧みに民衆を抱き込むソフィストを非難してたし~」 「ああ、レトリックを駆使する奴をね。その代わりディアレクティケーを推奨していた」 「そうそう!それって簡単に言えば、腹を割って徹底的に話し合うことじゃねえの、っつうか、正直に話し合うってことじゃねえの」 「ああ、肝胆相照らし喧々諤々丁々発止と渡り合い、テーゼとアンチテーゼがぶつかり合ってアウフヘーベンしてジンテーゼを生み出す、まあ、そこまでは出来ないにしても、どうしようもない奴らでも言えなかった言葉、取りも直さず本音を吐き出すことは素よりストレスをなくすことは出来るだろうね」 「うん、皆、ストレスだけじゃくて嘘だらけの悪環境から解放されて、どうしようもない状態から救われるだろうし~みたいなあ・・・」 「ああ、俺は皆がそうなって初めて笑顔になって明るく前向きに生きられるんだ」 「出た!パワーワード!そうやって言う雄一って尊くねえ、っつうか、すっげーかっこよくねえ」 「そうか?」 「そうじゃんか、何、照れてんだよ。早くぶっ飛ばしてもっとかっこいいところを見せるのが神っぽくてイケてんじゃねえの」 「それが、それが・・・」と雄一は俄かにあたふたして水温計に目を見張る。 「雄一ってフェラーリの音目指してるんだろ。それってめっちゃすごくねえ、っつうか、チョーラテンって感じ!」 「フェラーリはオーバーだよ」 「何、遠慮して言ってんだよ!早く遠慮なく飛ばすのが雄一の雄一たる所以じゃねえの」 「遠慮してるわけじゃないよ。ヒーターだけで自棄にあったかくて馬鹿に音がでかいと思ったら、やっちまったようだ。これ見ろよ」と言って雄一は水温計を指さす。 「あれ、赤ランプついてるし~みたいな~、マジやばくね」 「話してる内にオーバーヒートしたんだ」 「何それ何それ何それ!それって滅茶苦茶かっこ悪くねえ、っつうか、滅茶苦茶どじっぽくねえ、っつうか、最&低って感じ!」 「すまん、ドライブ中止だ」と言って雄一はエンジンを切った。 「何それ何それ何それ!折角あたいオシャレしてきたのに無駄っぽくねえ、っつうか、台無しっぽくねえ」 「ああ、そのようだ」 「何のんきに言ってんだよ。早くジャフ呼べよ!ったくもう、熱くて喉乾いた!嗚呼、すっげータピりてえ!」  雄一は不満たらたらの美奈子を横目に携帯でJAFに電話した後、彼女と共に車を降りた。  その際、チェスターコートをさりげなく着てからマフラーを手際よくワンループ巻きにして首をウールで埋めた美奈子の水際立った仕草を見て雄一はつくづくイケてると思い、少しでも彼女の不満を和らげようと自販機で缶ジュースを買って彼女に与えた。 「あざ~す」と美奈子は礼を言って一口飲んだ。「はあ、あたい、ゼットの中が熱すぎて汗かいちゃって実はフロリダしたくなっちゃったんだけど、冷気とジュースのお陰でスカっとしちゃったからもう大丈夫。マジあざまる水産って感じ!」  そう言って微笑みかける美奈子と雄一はにこにこしながらベンチに座り、ジュースを飲みながらJAFが来るのを待つことにすると、彼女がいきなり笑い出した。 「ハッハッハ!ゼットちゃん、ボンネットから湯気吹いてんじゃん!茹蛸みたいでチョー受けるんですけど~!」 「笑い事じゃねえよ。多走行車だから多分ウォーターポンプが寿命が来ていかれたんだ。マフラー替えたばっかりなのにこりゃあきついことになるぞ・・・」 「ダブル諭吉?それとかトリプル諭吉?」 「いやいや、そんなもんじゃないよ。ディカプル諭吉以上だ」 「か~、そりゃあきついわ、しかし、ふふふ、ゼットちゃん傑作!インスタ映えしそうだし~」と言いながら美奈子はスマホをチェスターコートのポケットから取り出した。  写真を撮る美奈子も心が通じ合ってるためか、好ましく感じ、イケてると思った雄一は、自ずとほっこり笑顔になるのだった。 「雄一!ゼットの横行ってにっこり笑ってみなよ!マジ卍って感じになるし~!ハッハッハ!それをあたいが撮ってうぷしてあげるし~!ハッハッハ!さすれば、てんあげになっちゃうし~!ハッハッハ!」  但、美奈子のスラングを多用する言葉遣いに関しては何とかならんものかと雄一はいつもながら思うのだった。 「ねえ、ゼットの横に行かねえの?」 「ああ」 「何でよ!」 「ドライブがおじゃんになってアンニュイな気分なんだ」 「あたいこそ雄一がゼットの横に行かなかったらアンニュイになると思わねえ」 「確かに」 「あ~あ、退屈になっちゃう!でもアンニュイってさあ、退屈とか倦怠感の他に常識に対する反抗的な気分って意味もあるじゃん」 「ああ」 「なのにさあ、猫も杓子もおしゃれ感覚で捉えるもんだから神秘的とかミステリアスとかいう意味でアンニュイって言葉を使いやがってさあ、中にはその意味でもてる女の条件として挙げる奴もいてさあ、ふざけんなって話だと思わねえ」 「ああ、文学的に捉えず安易に捉えるからいけねえんだ。本来、俺たちみたいなアンチなカップルに当てはまる言葉なのにだ」 「分かる分かる!正に今の雄一とあたいにピッタリって感じ~みたいなあ~」  自分たちの言葉通り二人はJAFが来るまで街ゆく人々を眺めながら正真正銘のアンニュイな気色を呈すのだった。
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