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続きの話 5
それでもって――またこれだ。何なんだ何なんだいったい!
俺はさっき脱出した洗面所にまた追いやられている。いや洗面所の先の、浴槽のある風呂の方へ。
人生ってのはよくわからないものだ。こういうのを流されやすいっていうんだろうか。いうんだろうな。でも俺はどうしたらいいのかわからなかったのだ。王子様はあのうさん臭い元カレの登場と退場で傷ついた顔をしていて、このままひとりで置いていくのはどうかと思った。思ったのだけども――
王子様の手首がくるっとまわって蛇口をひねる。真上のシャワーからぬるま湯が降ってきて、俺はひゃっと首をすくめる。襟からズボンに水が滴る。
「おい、濡れるだろう!」
「濡らしてるんです」
「なんで?」
聞き返した声はなかば裏返っていたが、王子様は淡々といった。
「なんでって、あっさり出ていけないでしょ?」
なるほどごもっとも――じゃない、そうじゃない!
シャワーの土砂降りは王子様も頭から濡らし、やたらと白くみえるひたいには前髪が垂れてはりついている。俺は濡れた服ごとタイルの壁に押しつけられる。押しつけられた王子様の唇はさっきと同様やばかった。頭がぼうっとするし、息が止まりそうだし、はっとしてみると唾液が糸をひいて垂れている。
「あのな……あんたそんなイケメンなんだから、俺みたいなのをからかわなくても」
「気になってたんです」
俺をみる王子様の目つきにはどこか怒りが感じられる。そういえばさっきキスされた時も彼は少し怒っているような気がした。なのに俺にはさっぱり理由がわからない。
「ウラシマさんって、どうして自分は関係ない傍観者だって顔をしていられるんですか」
「え?」
「ずっと見てたでしょう。屋上から」
俺は言葉をなくして黙った。まったくその通りだったからだ。テレビの向こうの人生劇場をのぞき見する感覚で、俺は彼らをみていた。
「今はウラシマさんもこっち側にいるんですよ」
バッと王子様は俺の濡れたズボンをパンツごとひきずりおろした。手慣れた仕草だ――っていうか、手慣れすぎだ。王子様ってこういう人だったの?
困惑する俺の心と裏腹に、咥えられたときの感覚が脳裏によみがえったとたん、下半身がわかりやすく反応した。まじか。体は正直っていうの、AVだけの話じゃないんですか?
王子様がにやっと笑った。それみたことか、といった感じの笑顔だ。濡れた服ごと体をぐいぐい押しつけ、人質でもとるように片手で俺の息子をすくいあげる。
思わずひっと声が出た。濡れた指が尻のあいだに割って入る。
「ちょちょちょちょっと――」
「大丈夫ですって。ほら、壁をむいて、お尻をこっちにむけて」
「あのいやその」
「ED気味とかセックス枯れたなんて金輪際いわせないようにしてあげますよ」
股間を人質にとられたまま俺はいつのまにか壁に手をついている。シャワーの雨はあいかわらず俺と王子様の上に降っている。王子様の手が俺の尻をつかみ、揉んで、中に入ってこようとする異物に背筋がきゅっとこわばる。とたん、耳にふうっと息がかけられた。
「やっぱりウラシマさん、感度いいですね」
ぴちゃっと音がして、耳を舐められた。背中に人肌のぬくもりを感じる。いつの間に王子様は服を脱いでいるんだ。ていうか俺の服も。尻につっこまれた異物はなくならないし、シャワーから落ちて股間を流れおちるぬるま湯が皮膚感覚をおかしくしている。時間の感覚も変な気がする。
湯気であたりはむっとして暑かった。垂れてきた汗に俺は眼をつむる。
「いまね、ウラシマさんの中に僕の指が一本入ってるんですけど」
王子様が耳元でささやいた。
「これからほら……二本になった」
それがくいっと中でうごいた。突然パシっと俺の脳内で白いものがはじける。
「あっ――」
「ああ、ここだ」
「あっ、あっ、あっ―――」
「ここね、気持ちいいんだ。ほら、だいぶ緩んできましたよ」
あっと思ったとき尻の中にあったものが消えた。背中を覆っていた人肌が離れ、俺は壁に手をついたまま肩で息をしている。なんだ今の――気持ちいいっていうか――いいっていうか――
「いいなあ、ウラシマさん」
王子様が俺の背中で何かいっている。
「すごくカワイイ。こういうの好きです」
ああもう、何なんだ。俺は混乱した頭できゅきゅきゅっとキャップか何かを回す音を聞く。また背中に重みがのしかかり、ヌルヌルして滑るものが尻のあいだに触れ、するりと何かが入ってくる。もうさっきのような異物感もなく、俺の中を広げるようにうごめき、さっきのあの場所に触れて離れた。
「あうっ……」
喉からおかしな声が出る。背中にもヌルヌルした感触がかぶさり、俺は前にまわる他人の手を感じながら無意識に腰をゆすっている。
「ウラシマさん」
王子様がささやいている。
「僕の、挿れていい……?」
いいとか悪いとか聞かれたところで答えられない。そう思ったときぐいっと尻のあいだを割られて、とんでもない質量が入ってくるのを感じた。
「痛っ――」
「ちょっとだけ我慢して。大丈夫だから」
「なにがだいじょうぶ――」
「息を吐いて、力を抜いて」
そんな無茶な。なのに背中の男は俺を離さない。俺は息を吐き、ぬるま湯と甘ったるい化粧品のような匂いを嗅ぐ。痛い痛いと思ったのはわずかのあいだだけだった。今は不思議と痛くない。でも尻の中はみっちりしたものでいっぱいで、苦しいとも気持ちいいともつかない。
いくら人生いろいろっつっても――と俺は思う。今日のこれは予想していないぞ。こんな――
「動きますよ」
王子様がいった。
「へ?――え?」
「優しくしますから」
「待っ――」
ガツン、と揺すられた。
揺すられて、そしてまたあの感覚が俺の脳を真っ白に襲ってくる。
「あっ、ん、ん、あ――」
「ああ……ウラシマさん」
ため息のような声が聞こえ、パンパンっと股のあいだで音が響く。
「な、なに――あうっ、」
「中、うねってる……すごくいいです」
「おれ――は、わから――あんっああっ」
「まさか。気持ちいいんでしょ?」
「――いいっていうか――立ってられな……」
はぁはぁと息をつきながらつぶやくと背中を優しく抱きしめられた。俺の中からあのデカいものが抜ける。
ああ――と安堵したのもつかの間だった。背後にいる男は俺の髪をかきまわし、舌で耳を舐め回した。
「すみません、気がつかなくて。続きはベッドで」
いえ、もういいです。もう――いくらか残った俺の理性はそう繰り返していたが、俺の惰性はベッドという言葉を聞き逃さなかった。
「頼むからちょっと……横にならせて」
「もちろん」
いつの間にかシャワーが止まっている。分厚いタオルをかけられ、俺は犬のように頭を振った。濡れた足が服を踏んでもまったく気にする余裕がない。王子様が俺の手を引いた。
「こちらへどうぞ」
*
さて、ここでクイズです。
よろよろと王子様のあとをついていった先には、ピンと伸びたシーツとスプリングの効いたマットレス、ふかふかの掛布団がありました。 その後の俺はいったいどんな目にあったでしょう?
正解は――
*
俺の尻の中にはまだ、いましがたの快感と何か入っていた名残りが、つまり違和感がある。横にならせてもらえるとわかってほっとして、俺はよちよちと王子様のあとをついていき、指さされたうるわしいベッドに体を投げ出した――つもりだった。
すべすべのシーツはいい匂いがして(洗剤の香りよりもっと高級なやつ)マットレスは俺の体をうけとめていい感じにはねかえった。ああ、やっぱり王子様のベッドは俺の寝床より上等だと、安心したのもつかの間のこと。
「たしかにベッドがあったほうが楽ですよね。ウラシマさん初心者だし」
マットレスが揺れた。
「え? え?」
俺はぽかんと口をあけたが、王子様はにっこり笑っている。
「うつぶせになって、ほら」
「なんで?」
「なんでって、まだぜんぜん終わってないじゃないですか」
「え、でもさっきのでイッたんじゃ――」
「あれだけで?」
王子様は今度はじっとりした目でにらんでくる。俺は思わず目をそらし、王子様の胸筋から臍へ、さらにその下へ視線を移した。
「あ、あれ? 若いね……」
「そうですか? 続きはベッドでといったでしょう」
王子様の立派な一物が俺の股間を撫でた。俺のはといえば炒められたキノコみたいにしんなりしていたはずだが、濡れた棒につんつんされたとたん、あろうことかまた熱が集まりはじめた。王子様がにやっとした。
「やっぱりウラシマさん、素質ありますよ」
「そ、そしつ?」
「つつかれて反応してるんだから」
「へ、へ、そ、そうなの?」
「じゃ、もう一度EDじゃないって確認しましょう。ほら、バックの方が初心者は楽ですから」
「いやその、あの、あの……」
俺は情けない声をもらしたが、王子様は容赦なく実力行使に出た。どういう手品か、ぐいっと俺をひっくり返して、股間をやわやわと揉みしだいたのだ。
「ひっ、あっ、うんっ、ああんっ」
さっき王子様につっこまれていた尻の穴に生暖かい液体がたれる。俺はシーツに顔をおしつけて、王子様の手が容赦なく前をいじるたびに漏れる声をこらえようとする。
「ふふっ、がまんしてるのもいいですよ」
こんなに何度も、信じられない。
またイキそうになった瞬間王子様の手が去って、俺は思わず腰を揺らし、無意識に尻をあげた。そのとたん王子様の両手が俺のウエストをつかみ、ぐっともちあげる。
「あっ――」
王子様のでかい一物はほとんど抵抗なく俺の中にするする入っていき、もっと奥へ――ぐぐっと――
「ああああっ!」
「いい声……」
「あぐっ、うっ、ああっ」
やばい、もう何もわからない。気持ちいい――気持ちいいけど、気持ちいいってこんなやばいことだったっけ?
王子様が動くたびに星が壊れるみたいな快感が散る。ちょっと横にならせてなんていうんじゃなかった。いまさらだが、後悔とは先にできないものだった。
結局俺は朝まで王子様のベッドですごした。正確にいえば疲れていつのまにか寝てしまったので、王子様がいつ寝たのかは知りません。
「どうぞ、歯ブラシです」
朝の光の中で王子様はピカピカの笑顔である。シャワーで体を洗った俺に髭剃りやら顔用ローションやらのお道具一式と、クリーニングに出した服のかわりだというジャージを貸してくれ、俺のすぐうしろで歯を磨いている。俺は腰の違和感に閉口しながら洗面所で王子様と並んで歯を磨く。
「なあ」俺は思い出してたずねる。
「名前って、貴元っていうの?」
王子様の方も、いま初めて思い出したように答えた。
「瀬名貴元です」
名前も王子様っぽいな、と俺は妙なところに感心した。
「ウラシマさんは?」
もうウラシマさんでいいんじゃないか、と俺は投げやりな気分で思った。
この先俺はいったいどうするんだろう。この王子様と。俺たちは友達なんだろうか。まあ昨日からのあれはなんだかんだで――まったく新しい経験ではあったが。
「教えてくれないんですか」
王子様の声がちょっときつくなる。俺はぼそっと答えた。
「東志朗」
「アズマシロウ?」
王子様は鏡の中で繰り返す。そういえば、と俺は思い出した。あの屋上からも何度か、こうやって鏡に向かう王子様をみていたっけ。
「ウラシマでもたいして変わらないかもな」と俺はいう。
「いいえ」王子様は真顔で答えた。
「大違いですよ」
こうして俺と王子様はあらたなステージにふみだしたのだった。向かいのビルのイケメンを観察していると、時にとんでもないことが起きるのである。
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