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恋愛観って経験で決まると思ってる。間違った恋愛観ていうのは無くって、自分が生きていく過程で常に変化していくものだ。だから私の恋愛観を嫌いだという人も、共感してくれる人も、たまたまその時の価値観が重なっただけ。肯定されても嬉しくないし、否定されたら腹が立つ。 私がアユムといた時間にも、私の恋愛観は変わってく。 今日の私といえば、仕事をサボった。 そりゃ、私だって風俗嬢の前に女なのだ。好きでもない男のチンコをしゃぶりたくはない。それが仕事だとしても、行きたくないと思うことなんてしょっちゅうある訳だ。 アユムに今日は休むと伝えると「ゆっくり休みな」とだけ言っていた。だから、私はお言葉に甘えて、一日中寝て過ごした。 目が覚めて部屋を見渡すと当然ではあるけれど、アユムはいない。 遮光カーテンの隙間から、夕日が差し込んでいた。 起きて最初にお茶を一口飲んで、トイレに向かう。 するとトイレの水が黄ばんでいた。流し忘れだ。 アユムは3回に1回は用を足したままの状態で流すのを忘れる。 私は毎回この事について注意している。すると、アユムは言い訳をする。実家では自動で流れるから忘れてしまうという事だった。実家って何年前の話でしょうか?もう、ここに住み始めて4年は経っているはずだけれど。 まあ、馬鹿なんです。学習能力ゼロなんでね、もう怒りすらわいてこない。 シンプルに汚いだけだ。 無心でトイレを流し、私も用を足した。 今日はアユムが帰ってくるまで、私は何をしようか考えた。 とりあえず、お腹が空いているのでコンビニに行くことにした。 コンビニまでいくのにわざわざ化粧なんてしない、服装だって寝間着にアユムのジップパーカーを羽織るだけだ。 きっと、こんな姿でコンビニに行くのをアユムがみたら私を叱るだろう。でも、今はアユムはいないのだ。なんて清々しい日なのだろうと私は思う。 コンビニで買い物を済ませ、部屋に戻ってきて私はご飯のお供を探すことにした。 スマホでYOUTUBEでも見ながらでもいい。テレビをつけてニュースを見るのもいいかもしれない。いや、ここはアレにしよう。 私はアユムのクローゼットの奥に隠された段ボールに手を伸ばすことにした。 アユムには秘密がある。別に私自身は秘密だとは思っていないけれど。そもそも、こんな狭い部屋に秘密を作ることが不可能ではある。 段ボール中には大人のDVDがいっぱい詰まっている。今日は何を見ようかと、ぞんざいに物色した。物色しながらあらためて思うことは率直にキモい、その一言につきる。なぜなら女優のスタイルや顔に統一性があるからだ。 私は手際よくAVをセッティングしてリモコンを片手に、おにぎりを頬張った。やっぱり、おにぎりはシーチキンにかぎる。 早送りと巻き戻しを繰り返しながら、私は思うのだ。私の全てが好きとか語っておいて、私のスタイルと違う物で抜いてんじゃねえかと。アユムの言うことが適当なんだなと、心底思う。 この段ボールごと全部捨ててやろうか?なんて思ったりもする。でも、相変わらず私を誘えないアユムにとって、オナニーの逃げ道までふさぐ私は悪魔かもしれないと思って止めといた。だから私は悪魔ではなく、天使なのだ。 アユムから連絡が来た。 ――もう、夜ご飯は食べた? ――夕方に食べたから、まだお腹空いてない ――そっか。じゃあ、何も買って帰らないけど大丈夫? ――うん、大丈夫 ――了解 ――今日一歩も外出てないからさ、散歩しよ? ――わかったー アユムが家に帰ってきたのは、19時を過ぎた頃だった。 私はそれまでの間にトイレを掃除した。アユムは私がいつもトイレを掃除してる事なんて知らないであろう。きっと毎回トイレを使うとき、まだ奇麗だからいいやと思っているのだ。掃除している人がいるとは微塵も思っていない。だから私にはアユムがトイレを一回使った回数分殴る蹴るの権利がある。 「そろそろ、散歩いこ?」 「わかった、その前にトイレ行かせて」 「長いほう?」 「いや、すぐだよ」 「わかった、なら行っていいよ」 結局今日の私は一日中寝間着だった。もちろん、散歩も寝間着で行く。うるさいから、アユムのジップパーカーを着るだけにせずに前を閉じた。スマホとタバコをパーカーのポケットに入れて、アユムに財布を持っていくかどうか確認すると、要らないと言われた。お気に入りのサンダルを履いて、私は玄関の前で待っていた。 トイレから出てきたアユムは部屋に戻り、スマホとタバコを前ポケットに、財布を後ろポケットに突っ込んだ。玄関に立つ私の姿を見て、きっちり上まで閉じていないジップパーカーのチャックを上まで持ち上げてくる。 「苦しい」 「苦しくても上げないとダメ」 「…めんどくさ」 そう言って私は外に出て歩き始めた。 「どこを散歩する?」 「とりあえず、駅前のほうまで行きたい」 「わかった、じゃあ駅まで行って公園のほう周って帰ろうか?」 「そうだね、じゃあ公園でタバコ休憩入れて帰ろ」 「…手つないでいい?」 「えー、まあいいよ」 アユムは嬉しそうに握ってきた。 汗でベタついてきたら、無理やり振りほどいてやろうと私は思った。 駅前に近づいてくると、人通りが多くなってくる。まだ、帰宅ラッシュの時間帯なのもあって、皆忙しそうな表情をしている。 スーツを着ている人達が私の前を通り過ぎるのを見て、アユムももう少しちゃんとした服装をすればいいのになと思った。 「しおちゃん、さっき通った人めっちゃイケメンだったよ」 「どこ?」 「もう、いなくなっちゃった」 「どんな人だった?」 「んー、ハイトーンの金髪で細くって、目がクリっとしてた」 「金髪はあまり好きじゃない」 「しおちゃん、黒髪が好きだもんね」 「てかさ、しょっちゅうイケメンを報告してくるけどゲイだったりする?」 「いや、ゲイじゃないよ。千葉雄大くんのチンコなら舐めれる気がするって程度だよ」 私はその発言に笑ってしまった。アユムは少し傾けばソッチに行けるタイプなのだなと思った。 「正直、アユムってゲイなのかな?とは思ってた」 「いやー、男性を性的な目では見たことないし」 「いや、私だって男を性的な目では見てないよ。性的な目で見るのは男側だけでしょ?」 「…確かに」 「一回掘ってもらってきなよ」 「ええ、やだよ。処女のままでいいよ」 「だって、チンコあっても使い道無いじゃん」 「いやいや、これから使うもん」 「いや、無理だと思うわ」 私が断言すると、アユムは予想通りに不貞腐れていた。 公園について、タバコを吸いながら休憩をする。それぞれ喋ることもなく、スマホをしていた。私は仲良くしているお客さんに返事を返し、アユムといえばアダルトサイトを見ている。なぜアダルトサイトを見ているのが分かるかといえば、アユムの眼鏡のレンズにスマホの画面が反射しているからだった。 私は知らないふりをしながら、アユムに訊ねた。 「なに見てるの?」 「え…んと、まとめサイト」 「へー」 「うん」 アユムは嘘をつくとき、目をじっと見る。普段ほとんど私の目を見ないくせに、こういう時だけ目をクリっとさせて見つめるものだから、顔面に蹴りを入れてやりたくなるのだ。 「今日さ、休んじゃったからお金稼いでないじゃん」 「うん」 「今日入りたかったお客さんがいたらしくて、今から行ってきていい?」 「え?」 「もう、お店の時間過ぎてるでしょ?」 「うん」 「そんなことできるの?」 「できるっていうか、店外だね」 「店外?」 「お店通さないで会うこと」 「…それって危なくないの?」 「その人は信用できる人だから、大丈夫」 「…なら、いいけど。ちゃんと帰ってくる?」 「仕事したらすぐ帰るよ」 「でも、仕事終わったら終電あるかな?」 「終電終わっても、タクシーで帰るし」 「タクシー代出してもらえるわけ?」 「いつも出してもらってる」 「そっか」 アユムの顔を見ると、納得してない顔だった。行ってほしくないなら、行ってほしくないって言えばいいのに。言えないところがアユムだ。 私をガッカリさせないでほしかった。 家に帰ってきて、私はシャワーを浴びて準備をしている間、アユムは一言もしゃべらなかった。 「じゃあ、行ってくるね」 「…行ってらっしゃい」 「そんな顔しないでよ。仕事なんだから」 「そうだね。無理しないでね」 私はそのままアユムを振り切った。 悪いけれど、アユムに対して性欲の解消は求めていない。求めていた時期もあったけれど、ことごとく私の期待を裏切ってきたからだ。だからアユムは私の心を満たしてくれていればいい。 24時を過ぎた頃、アユムから返事が来ていた。 ――夜ご飯は食べた? ――お客さんと少し食べたよ。でもお腹減ってる ――じゃあ、例のチャーハン作って待ってる! ――わかった。今タクシー乗ってるからもうすぐ着くよ ――了解 私はお腹いっぱいなお腹をさすりながら、スマホをカバンにしまった。
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