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恋人を信じるためには何が必要なんだろう?そう考えたとき、手っ取り早いのはスマホの中を確認すればいいと私は思っている。世間ではスマホの中身を見ることはやっちゃいけないと言われているけれど、逆に何で?って思う。私は貴方を信じるために見ているわけで、貴方に歩み寄ろうとしているだけなのだ。何も間違ったことはしていない。
プライバシー?そんなことをいっちょまえに語る奴が大嫌いだ。だったら最初からやましい事があるので見せられませんと言ってくれたほうがいい。
もちろん、私はスマホの中身を誰にも見せない。プライバシーの侵害だ。
9月末だというのにムシムシした暑さの残っている。
こんな日は体も気持ちもダレてしまう。ガツンと焼き肉でも食べに行きたいのである。そう思っていたら、昼頃にアユムの方から焼き肉のお誘いがあった。アユムにしてはイイ事言うじゃないかなんて思うわけだが「申し訳ないのだけれど」と走り書きの後に「割り勘でいい?」と言われた。まあ、奢れるお金があるなら奢ってくれた方がいいに決まっているけれど、奢れるお金が無いのも分かっている。だから私は何も言わず、了承した。
今夜は割り勘で焼き肉食べ放題に決まった。
私がハラミを3人前とご飯と卵スープを注文した。
続くように、アユムはタンとロースとナムルの盛り合わせとユッケジャンスープを注文して、ドリンクバーに向かった。
「ウーロン茶でいい?」
「うん、ありがとう」
私はスマホを取り出して、お客からの下品な返事に適当に答えていた。
私がお客とのやり取りを見てしまったら、きっと嫌いになるのかな?そんなことを思ったりした。
アユムが飲み物を持って戻ってきて、私を見るなり自分もスマホをいじり始めた。多分、私の機嫌が悪いことに気づいてたんだと思う。
注文したナムルの盛り合わせが最初に来て、アユムは私に食べるかと問いかけをしたので「いらない」と言うと、先に食べ始めた。
続いてハラミ、タン、ロース、ご飯が運ばれてくる。
私はハラミを焼き始めた。
アユムはまだナムルをちまちまと食べている。
私はハラミに恋してる。けして大げさに言ってるわけではない。
ハラミが食べられれば、後はすべて脇役なのだ。その中でも名脇役にご飯がある。ハラミを口に含みご飯をかきこむ。ハラミを口にした後のご飯への思いは切なくて震える?ほどだ。例の歌の気持ちがよく分かる。
恋愛はハラミとご飯のような関係がいい。私がご飯でハラミが彼氏。そう考えると、アユムはハラミではないなと思う。ご飯でもないし、卵スープでもない。強いて例えるなら、じゃがバターって感じ。
「ねえ、最初に謝らないといけない」
言いづらい気持ちと言わなくちゃ治まらない気持ちがあった。言わないまま心の底にとどめていても、消化されることは無いと分かっていたから私は言う事を選んだ。
「どうしたの?」
私の顔を見て何かを察したんだと思う。アユム自身も曇った顔をした。タンを網に乗せるのをためらい、元に戻していた。
「昨日の夜、寝てる間にスマホ見た」
なんで勝手に見るの?って言われる可能性も少しはあると思っていたけれど、アユムは「マジか…幻滅した?」と、スマホを見たことに対して怒りを向けることも無く、何を見られたかについての不安のほうが大きいようだった。
「別に。ただユキとヤスコって誰?」
「…どっちも元カノだね」
「まだ元カノと連絡とってんの?」
「まあ、喧嘩して別れた訳じゃないからね」
そう言って苦笑いして誤魔化そうとしている。
私はたまごスープをスプーンで一口すくって飲む。まだ熱い。
「そういうものなの?」
私には考えられない事だった。別れるときは嫌いになった時なのだ。たとえフラれた立場にあったとしても、私を捨てたという裏切りなのだから嫌いになって当然だと思っている。
「そういうものって?」
「普通別れたら連絡とらなくなるでしょ」
「それが普通なの?別に嫌いになった訳じゃないしなー」
「なんで嫌いじゃないのに別れるの?」
「だって別れたのは俺が決断した訳じゃないし。一度好きになった人をそんな簡単に嫌いになんてならないでしょ?」
アユムはさっきお皿に戻してしまったタンを焼き始めた。
「好きになった人であろうと、あっけなく嫌いになるものだよ。むしろ嫌いにならない方が不思議なくらい」
「じゃあ、俺って不思議なパターンなんだね」
不思議だとは微塵も思っていない口ぶりだった。こうやって人のいう事を受け入れているように見えて、芯の部分では自分の考え方を曲げないのだ。アユムは私に歩み寄っているように見せて、まったく歩み寄らない。いつも事なかれ主義で、言い合いもしてくれない。
「私は元カレは全部切ってる」
「そっかー。まぁ、別に消してもいいけど」
そんな言い方をすると、私は何も言えなくなる。もっと素直に言ってくれた方が私だって受け入れる事だってするのに。
「まあ、どっちでもいいけどね」
「…その事で朝から機嫌悪かったの?」
「…違う。履歴に勝手に合鍵を作ったって書いてあった。私が勝手に合鍵を作った事になってるみたいなんだけど」
正直、合鍵を誰が作ったかなんてどうでもいい。誰に何を言おうが、アユムと私の中で共通認識があればそれでよかった。全部、アユムの受け答えが悪い。
「あー、うん…」
私はアユムを睨みつけた。
「私は勝手に合鍵なんか作ってないけど」
「…まあ、そうだね。なんていうか、その場の流れで過剰に表現しちゃった感じ…かな」
「へー」
「幻滅した?しおちゃんの事悪く言って」
「いや、別に。スマホ見た私も悪いし」
「スマホ見る事は別に悪い事じゃないと俺は思ってるよ。そういう事を書いてた俺が悪いだけだし」
「まあ、勝手に作ってないっていう認識を持ってるなら、私はそれでいいけど」
「…うん、勝手に作ってないよ。陰で悪口言ってごめんね。信頼を失うような事してしまったね」
もともと、信頼なんてしていない。してないからスマホを見たわけだし。
でも傷ついた。何に傷ついたかなんてアユムには理解できないだろうけれど、気持ちを伝えるほどの事でもない。
アユムはこげはじめたタンを裏返すこともせず、ずーっと見てた。
「タン焦げてるよ」
「ああ、うん」
アユムはササっと裏返した後、レモンのたれにつけて食べた。
「じゃがバター注文するけど食べる?」
「いらない」
「じゃがバター嫌いなの?」
「嫌いだね」
「なんで?おいしいのに」
「じゃがバターってさ、おいしいと思ったことない」
「そう?」
「日常生活ですごく食べたいって思う事なくない?」
「んー、まあたしかに」
「何かにすごく合うわけじゃないし、単体としてのパンチ力がある訳でもない」
「じゃがバターに恨みでもあるの?」
必要以上に力説してるアユムが可笑しくなる。
「別にないけど、炭水化物って時点で食べたいと思わない」
「食わず嫌いだね」
「食べたことはあるよ?食べても好きになることは無かったってこと」
アユムはそう言って、空になったコップを持ってドリンクバーに向かった。
結局スマホを見たことについて怒られることも無く、話がそれてしまった。私だけなのだ、煮え切らないままで腑に落ちないのは。
アユムが戻ってきて、黙々と肉を焼いている。私のハラミも焼いて、いいころ合いで、私のお皿に盛っている。
「ねぇ、どんな事したら怒るの?」
アユムの怒った姿が私には想像がつかない。だからこそ見てみたいとも思うのだ。こんな事を聞いている私も変なのだろうけれど。
アユムは唇をつまみながら言葉につまっていた。
「そんなに悩むこと?」
「…いやー」
「いやー、じゃないじゃん。悩んでるじゃん」
私の問いにアユムの本心があるんじゃないかと、少しワクワクしていた。
「…う、んー、う、うんこ食べさせられそうになった時?」
アユムが私の顔を苦しそうに見つめてきた。
そんな答えしか出せないアユムに私は吹き出してしまった。
「無理やり怒るポイントひねり出してんじゃねえよ」
質問した私がバカだった。
アユムにとって怒るという感情は恥ずかしい事なのだ。鎖で締め上げて、いくつもの錠で閉じられている。きっとその扉を開ける時、カギなんかで開ける事すら不器用で出来ないのだ。そして、爆発した時には錠など無視してこじ開けてしまうのだと思った。
「…うんこだけに?」
アユムは上手い事言ったみたいな顔をしてにニヤつき、顔を伏せた。
「食事中だぞ。キモい」
「いや、実際にうんこ食わされたことは無いよ?」
「分かってるわ!キモいって言ったのはそこじゃねえよ」
「…スカトロプレイ?」
「だから、そこじゃないって。言い方変えただけじゃねえか」
「…ああ、ドヤ顔したこと?」
「それ」
「はー、生まれ変わったら星野源の顔になりたい…」
「なんでだよ」
私が好きな人だから?
「しおちゃんの好きな人だから」
アユムはやっぱりじゃがバターだ。
さっきまで肉も上手く焼けなかった癖に、今は何も考えてませんってアホ面だ。
私の機嫌が治ったとでも思ってるのだろうけど、合鍵事件としてこれから先も言い続けてやろうと思った。
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