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そこからしばらく、お互いの普段の生活の話や、どこでランチするのが美味しいだの、服はどこで買ってるかだの、そういった他愛もない話で盛り上がっていた。主には理恵と樹里さんがノリにノッた感じで、あー、そこ行ったことあるーとかそれは聞いたことがないなーとかいうリアクションを繰り広げていた。
さとみさんは、販売員をやっているだけのことはあって、ほぼどんな話にもちゃんと相槌をうち、まるで知らないことはなさそうな感じで話に加わっていた。
私は、半分以上、分からない事ばかりで(もっとも、大学の頃からずっとそんな感じだったのだけど)ふーん、とかへー、とかいうリアクションをとっていた。
ふと、滝口さんが、私のほうを向いて、話しかけてきた。
「西園寺さんだっけ?あなたの勤めている図書館って、どこなの?」
「あ、えっと、西区の市立図書館です」
「ああ、私の住んでるマンションの近くだわ。私、あそこの図書館、たまーに行くのよね」
「そうなんですか?」
「もしかしたら、見かけたかもしれないわね?」
「え、いや、でもまだ3か月しか経ってませんし・・・」
「あ・・・あれ?大学って4年制よね?就職遅かったの?」
「いえ、ストレートですけど・・・?」
すると、樹里さんが
「ああ、理恵が1年ダブってるから、綾ちゃんは私達の一つ下なのよね?有紀さんもだっけ?」
「あ、はい。そうです」
「ごめんねー、私がダブりなんでーす」
理恵がおどけて言った。
「ああ、そうなのね?」
「だから、綾は天然素朴少女のままなのよねー?」理恵が笑って言った。
えーっと、それは関係ない気がするけど・・・とりあえず笑って胡麻化した。
「え?じゃあ、私がスレてるみたいじゃない?」と有紀がふくれて見せた。
「そぉんなこと・・・あるわよー」
「ええー、ひっどぉーい」
そう言って、理恵と有紀が二人で笑った。樹里さんもつられて笑っていた。
滝口さんは、ちょっと複雑な表情をしていた。
「綾ちゃんは、なんか、マスコット的な?」樹里さんが聞いた。
「そうねー、うちらの中ではそうかなー」理恵が答える。
うーん。そうよね。やっぱりそう見えるわよね?
とりあえずニコニコしてみた。
「ふーん・・・」滝口さんは、なんだか面白くなさそうだった。
そうこうしているうちに、食事もほぼ出尽くしてきて、お酒も回ってきて、女子会ならではの、彼氏談義になり始めた。
「最近さぁ、いい男いないわよねー」
樹里さんが理恵につぶやいた。すると、理恵も
「そうなのよねー・・・うちの事務所にいる男たちも、頭でっかちでオトコのプライド引っ提げて仕事できますアピールするようなのばっかでさぁ」
「樹里、確か半年前に付き合ってる彼氏がいるって言ってたじゃない?あれ、どうしたのよ?」
「うーん、あのあと、お金にルーズなのが分かって、速攻別れた」
「そうなのぉ?」
「そういう理恵はどうなのよ?」
「そうそう、聞いてよ!こないだとなりの職場の先輩に告られたんだけどさぁ、もう最低で」
「ええー?モテてて良いじゃない?」
「そんなことないわよ!それまで会ったこと無いのよ?それなのに、初対面で「ずっと見てました。僕と付き合ってください」だって。その時のシチュが最低で」
「どんなのだったの?」
「それがさー、同じ職場の飲み会があって、なぜかその彼だけ違う職場なのにまざっていて、おかしいなと思ってたら、終わり間際に酔っぱらった顔で、みんなの前で告白よ?あり得る?酔った勢いでよ?もうすっかり引いたわよ」
「ええー、さいてー」
「しかも、彼を連れて来た同期の男も、そんなことするとは思ってなかったらしくて、あとで「ごめん」って謝りに来たし・・・」
「そんなコトもあるのねぇ・・・」
「私の事はいいのよ、そういえば有紀、貴女のとこってメーカーなんだから、男いっぱいいるんでしょ?」
「え?あたし?あたしは・・・ほら、硬い女で通しているから・・・」有紀が涼しい顔で返した。
「そう言って陰で遊ぶのが貴女でしょぉ?言っちゃいなさいよ?」
「うー、あんまり言いたくないけどぉ・・・先月、告られて付き合い始めた男性(ひと)がいる・・・」そう言いながら、ちょっと嬉しそう。
「ええー!どんな人?同じ職場?」理恵が身を乗り出して聞いた。
「えーっと、全然違う職場、というか、違う工場の人・・・」
「どうやって知り合ったの?」
「私、総務なのね。だから、諸手続きとか私のところに持ってくる人がいっぱいいるのね?で、先月、転勤手続きで来た人が、すっごくイケメンで、いいなーって思ったの。その彼が、手続きの最中にもじもじしてたのよ。どうしたのかなと思って、聞いてみたら、「いや、あの、憧れの貴女に手続きをしてもらっているのが嬉しくて、恥ずかしいんです」なんて言われちゃって・・・」
「いやー、のろけー。うらやましー」
理恵と樹里さんと二人して盛り上がった。
「で、誰似?芸能人で言うと?」樹里さんが興味津々に聞いた。
「うーんと、ちょっと米津玄師っぽい感じ・・・」
「はぁー、いるところには居るのねぇ、そういう男・・・」
理恵がため息交じりに言った。
「はい、私の話はおしまい。あ、滝口さんは?美人だから彼氏の一人や二人手玉にとってそう?」有紀が、スパッと矛先を変えた。
「私?私の職場は女性ばかりだし、お客様も女性だから、出会いが無いのよね、ホント。まあ、別にどうしても彼氏欲しいってわけじゃないし、今はあんまり興味ないわ」
「ええー、もったいない。そんなにスタイル良いのに?下手するとモデル事務所からスカウトされてもいいくらいじゃないかと思いましたよ」
「ありがとう。私より、綾ちゃんの方がモテそうだけど?」
ドキッとした。今までこういった話になった時には、理恵も有紀も私に振ることは無かった。私が奥手なのを知ってるし、大学の時に一度おぜん立てしてくれて、失敗しているのも知ってるし。私は、慣れない振りに、どう答えればいいか、わたわたしてしまった。
「あ、いえ、私なんて・・・モテないです・・・」
「そうなの?可愛らしくて、男の子が放っておかないように見えるわ」
わたしが、アワアワしてると有紀が入ってくれた。
「綾はねぇ、奥手なのよ・・・男の子が声をかけても、固まっちゃうのよね。そういう意味ではお嬢様的かな?」
「ふぅん」
「あのね、大学の時に一度、同じ学部の男の子から熱烈にアプローチされてね・・・」
あ、え、その話し、しちゃう?あんまり初対面の人にしてほしくないんだけど・・・有紀のそでをちょっと引っ張ってみた。
有紀は気がつかないらしく、そのまま続けた。
「やっとのことでおぜん立てして、付き合わせたのよ。綾もちょっと乗り気で、良い感じに付き合ったんだけど、3か月くらいで振られちゃったみたい」
私は、その時のことがまたフラッシュバックのように戻ってきて、泣きそうになった。
「あら、そうなの・・・」滝口さんがつぶやいた。
その声で、私は感情に蓋をして、とりあえず笑って胡麻化した。
「う・・・うん、えへへ・・・そうなの・・・」
「あ、そういえば、デザート頼んでないわよね?頼みましょうよ?」
滝口さんが話題を切り替えてくれた。
私は、ちょっと居たたまれなくなって、お手洗いに立った。
用を済ませる間、私はちょっとにじんだ涙をハンカチでぬぐって、鼻をかんで、とりあえず元通りの感情になるまで座っていた。
大きくため息をひとつついて、気を落ち着かせてから個室を出た。
すると、滝口さんが透明ないでたちで洗面のところで立っていた。
「綾ちゃん、さっきはごめんなさい。ほんとは触れられたくなかったんでしょ?」
「あ・・・いえ、大丈夫ですよ。いつもの事ですから・・・」
「そう?でも、有紀さんが話しはじめたとたんに、大丈夫じゃないって顔をしてたわ」
「う・・・い、いいえ。本当にだいじょゆぶ・・・」
「貴女、結構無理してるのね・・・」
そう言って、滝口さんはそっと私の頭を抱いてくれた。
私より10センチほど背が高い彼女の肩に、ちょうど私のおでこが乗った。ふわりと森のような香りがして、すぅっと心が落ち着いた。
「ありがとう・・・ございます・・・」
すっと言葉が出た。そのまま顔を上げて、まっすぐ彼女の顔を見た。
滝口さんは、ふと小首をかしげて、大きな瞳で私の顔を愛し気に見つめた。
その一瞬が、とても長く感じられるほど、やさしくて、ときめいて、なんだかのどにぐっとこみあげるものがあって、不思議な感覚だった。
まるでそのままキスでもするかのような、そんな緊張感が感じられて、そんなことを感じた自分が恥ずかしくなって、唐突にうつむいて、そそくさと出て行った。
「あ、私、先に席にもどりますね・・・」
滝口さんはそのまま何も言わずに立っていた。
「綾―、デザート何にする?私ら、ティラミスにしたんだけど?」
席に戻ると、理恵が聞いてきた。
「あー、じゃあ、私もそれで」
「そうだと思って、綾の分も頼んでおいた」
「あ、ありがと」
うん、大丈夫。今日はもう。
滝口さんが戻ってきた。
お手洗いの中とは変わって、さっきまでの会話の雰囲気に戻っていた。この人って・・・すごいかも・・・なんだろ?一瞬にして雰囲気を変えたり、相手に合わせたり、私にはとてもできない芸当のよう・・・
私はぼんやりとそんなことを考えて、滝口さんの横顔を眺めていた。
その時のティラミスの味はあんまり覚えていなかった。
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