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◆一大決心
次の日からアパート探しを始めた。
職場に近いところ、と思ってネットで調べてみて、いくつか候補を絞ってみた。周辺の環境が大事と母に言われて、とりあえず候補のところを回ってみた。確かに母の言う通り、実際に現地に行ってみると、裏手が工場だったり、すぐ横がコンビニだったり(便利そうと思ったけど、実際には不審な人が溜まりやすいので女性の一人暮らしは良くないそうだ)で、なかなかいい環境のものはなかった。
ひとしきり職場の近所の候補を回ったところで、疲れ切って、結局図書館に隣接している喫茶店に入って休憩することにした。
「いらっしゃいませ。あら、綾ちゃんじゃない?今日は出勤なの?」
この喫茶店は先輩に連れてこられて以来、時々お昼ご飯で利用するので、ママさんには顔を覚えてもらっていた。今日もママさんと数人のバイトが店内を忙しく動き回っていた。
「あ、いえ。今日はお休み入れてもらったんです」
「あら、そう?じゃ、ゆっくりして行ってね?」
「はい、ありがとうございます」
会釈をして、真ん中にあるフリーカウンター席に座った。
広い店内の中央には観葉植物を植えてある花壇があり、そのまわりを取り囲むようにカウンターが作られていて、私のお気に入りの場所になっている。
カウンターと言っても奥行きがあって広いので、本をもってきて読むにもちょうどいいし、何より目の前が誰か他人じゃなくて緑の植物っていうのがとても良かった。
アイスカフェラテを頼んで、プリントアウトしてきた候補のアパート情報と地図を眺める。しょうがないか・・・
もう少し範囲を広くして、最悪、電車通勤でもいいかぁ・・・
暑かったなぁ・・・
さすがに暑さにやられたかなぁ・・・
・・・・・
「・・・ちゃん?・・・綾ちゃん?」
・・・あれ?誰か呼んでる?・・・
「綾ちゃん?」
はっとした。
あ、私、寝てた・・・あわてて声のする方を見た。
そこには、滝口さとみさんが、心配そうに覗き込んでいた。
「ぁあ、滝口さん?」
「綾ちゃん!やっぱり。こんなところで会えるなんて。昨日はありがとうね。楽しかったわ」
「え?滝口さん、なんでここに?」
「え、えっと、貴女がここの図書館で働いてるって言ってたから、今日開館日だし、行ってみたら会えるかなと思って来てみたの。でも、図書館の中を見渡しても見つからなかったし、今日はお休みかなと思って、お茶して帰ろうと思ってこの喫茶店に来たのよ。そしたら、こんなとこで寝てるじゃない!なんだか楽しくなっちゃって」
一気にまくしたててしゃべられて、ちょっと気圧されたけど、最後の一言で、微笑ましくなった。
「あ、え、えっと・・・あはは・・・恥ずかしい・・・です」
「となり、座って良い?」
「あ、ええ、どうぞ」
「じゃ、遠慮なく・・・すいませーん、アイスコーヒーください」
そう言って、滝口さんは大きめのトートバッグを足元のかごに放り込んで、座りなおした。
「綾ちゃん、昨日はごめんね?私が話しを振っちゃったせいで、嫌な思いさせちゃって」
「あ、いえ、良いんです。良くあることですから」
「でね、昨日はゆっくりお話し出来なかったし、IDの交換もできなかったから、今日会えるといいなと思ったの。IDあるわよね?」
「はい。」
「じゃ、交換しよ?」
「あ、えっと・・・どうするんでしたっけ・・・」
「あっ、じゃあね、アプリ開けて?」
そう言うと、滝口さんは、ちゃっちゃと自分のIDを私のスマホに登録して自分のスマホに送信した。
「これでいつでも連絡取れるわね?」
「あ、ありがとうございます」
そういえば、滝口さんとはまだ2回目なのに、私、普通にしゃべってる・・・なんでだろう?いつもなら、2回目くらいだと、緊張して言葉が出ないことの方が多いのに・・・
滝口さんは、ウェイターが持ってきたアイスコーヒーにちょっとフレッシュをたらして、一気に半分くらい飲んだ。
「うわぁ・・・豪快ですね・・・」
「え?ああ、のど乾いてたからね。ここのコーヒー、美味しい。苦みがきりっと効いてて、のど越しがいいわ」
コーヒーでのど越しなんて言ったものだから、私は面白くて笑ってしまった。
「ふ、ふふふ・・・」
「?何か可笑しかった?」
「いえ、あの、コーヒーでのど越しが良いって言った人は初めてだったので」
「あら、そうぉ?ビールもそうだけど、コーヒーも、アイスだとのど越し大事よ?」
まじめな顔してそう言ったさとみさんの顔は、目が大きくて美人顔だけど、どこか愛嬌がある感じでとってもキュートに思えた。
「それで、今日は出勤なの?」
「いえ、今日はお休みいただきました」
「でもこんなとこに居るって、おうちは近いんだ?」
「いえ、うちは天白区です」
「え?じゃあ、反対側じゃない?」
「ええ、まあ・・・」
そう言って手元にあったプリントを何の気なしに束ねてみた。
「あら?綾ちゃん、アパート探してるの?」
「え、あ、ああ、はい。父が転勤で東京に行くことになって。母も一緒に行くので、私、一人暮らし始めないといけないんです」
「ああ、そうなんだ・・・」
「で、職場の近くで無いかと思って、いくつか見て回ったんですが、あんまり良いところが無くて。それで疲れちゃったんでこの喫茶店に来たんです」
「ああ、それで寝ちゃってたのね?」
私はちょっと恥ずかしくなって、うつむいた。
「あ、ごめんね?つい、可愛かったもんで・・・」
私は、そんなことを言われて、また恥ずかしくなって、さらにうつむいてしまった。
「あのさ、こんなこと突然言われても、困るだけかもしれないけど、実は私、ルームメイト探してるのよね。一緒にルームシェアしてくれる人。綾ちゃん、もしよかったら、一緒に住まない?ここから歩いて10分くらいよ?」
「えっ??」
「私、今一人暮らしで、割と大きめの部屋を借りちゃって、微妙に家賃がつらいのよ。部屋はあるので、ルームシェアしてくれて、家賃半分負担してくれたら、かなり楽になるのよね。綾ちゃんならなんだか楽しくなりそうで嬉しいわ?どう?」
「え・・・あの・・・えっと」
「あ、今すぐ返事頂戴とは言わないわ。もともと一人で住んでるんだし、気にしないで良いわよ?周りにも言って回ってるし」
「あの・・・私達、まだ2回しか会ってないんですが、ほぼ初対面のようなもので・・・そんなにすぐに信用しちゃって良いんですか?」
「なぁに言ってるの?私、これでも人を見る目はあるつもり。アパレルの販売員って言ったでしょ?今まで何千人と人に接してきて、相手がどんな人か、数分話せばおおよそ見当はつくようになったわ。そんな私の目から見て、綾ちゃんは十分合格よ?」
私は、なんだか急な展開に頭がついていかなくて、ぐるぐる回ってしまっていた。ルームシェア?
私が?他人と一緒に住む?
私が?えええええ?
「ああ、せっかくだし、今からうち来る?決めるのにも見ない事には決められないでしょ?」
「え?良いんですか?」
「いいも何も、その気があるならぜひ見て頂戴」
そう自信満々に勧められて、私はそのまま流れで答えてしまった。
「えっと・・・じゃあ、お言葉に甘えて、ちょっとお伺いさせてください」
「うん、分かった」
そう言って滝口さんは、残りのアイスコーヒーをごくごく飲みほして、タンっとカウンターに置いた。
私も、あわてて、ほぼ氷の解けたアイスカフェラテを飲み干して、荷物をまとめて出る準備をした。
私ってば、どうしたんだろう?なんだかトントン拍子に話が進んでるけど、それに乗っている私って、なんだか違う人みたい・・・ああ、でも、早くしなきゃ・・・
滝口さんは、さっと私の伝票をとり上げて、私がもたもたしているうちにレジで会計を済ませに行ってしまった。
「あ、た、滝口さん、私、自分の分は払いますよ・・・」
「いいのいいの。それと、滝口さんって、硬いから、さとみ、でいいわよ?」
「あ・・・じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて・・・ありがとうございます・・・さ、さとみ・・さん・・・」
そう言っているうちに会計を済ませて出口のところで私が来るのを待っていた。
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