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私、西園寺(さいおんじ)綾(あや)と、彼女、滝口さとみは現在ルームシェア中。さとみとこんな関係になってもう1年以上になる。
さとみはいつもちょっと強引だけど、すごく気にかけてくれているのがわかるので、一緒にいて安心できる。
持ち前の明るさに輪をかけて、すでにベテランの域に達しているアパレルの接客術がそうさせているのかなと思う。
私は極度の人見知りで、近所の図書館に就職して2年近くたったのだけれど、まだ窓口業務に慣れなくて、来館者の対応があると、つい緊張してしまう。
そんな時に例の女子高生に出会った。
彼女はおそらく受験生なのだろう、夏休み時期が終わって以降、良く自習コーナーで見かける。腰のあたりまである長いロングヘアーを、まるで平安時代の女性のように肩甲骨のあたりで束ねる後ろ姿が目を引いたのですぐ覚えた。
あるとき、私が窓口をやっているときに、本の場所を聞かれた。
「すいません」
凛とした強い意志を感じられる声が響いた。
「はい?」
「吉屋信子の「花物語」を探しているのですが、蔵書にありますでしょうか?」
「あ、はい、お調べしますので、少々お待ちください」
やった・・・よどみなく言えた・・・今日はいい日かも・・・なんて思ってる場合じゃない、調べなきゃ・・・ええと、確かあったはずよね。
私もこの本、高校生の頃読んで、お気に入りだったもの。
使い慣れたパソコンで蔵書在庫システムを検索すると、貸し出し中だった。
「すいません、あいにく貸し出し中です。返却予定は・・・期限どおりであれば今週の金曜日です・・・」
「そうですか・・・」
「あの・・・よ、良かったら、予約しましょうか?」
彼女が思いつめたようにがっかりしていたので、ちょっとかわいそうに思って、そんな提案をしてみた。うちの図書館では予約しておけば、返却されたときに取り置きをすることができる。
彼女の顔がぱっと明るくなるのを期待した・・・のだけれど、実際にはそんなことは無かった。逆に、少し戸惑った顔をして、私を見つめて来た。と、とにかく何か言わなくちゃ・・・
「あ、予約しておくと、返却されたときにご連絡します・・・」
「綾さんが連絡してくれるんですか?」
突然、名前を呼ばれて、面食らった。
「あ・・・いえ、あの・・・ええ、はい」
と、彼女はふわっとした笑顔を見せて、
「そうですか!じゃあ、予約、お願いします」
「あ、はい・・・あの・・・じゃあ、利用カードをお願いします」
彼女は学生カバンの奥をごそごそ探って、黄色い定期入れを出し、そこから利用カードを抜いて渡してきた。
そのしぐさが、まだ慣れない社会人1年生のようなぎこちなさで、凛とした佇(たたず)まいや声色とのギャップが大きくて、私はつい微笑んでいたようだった。というのも、彼女がカードを渡したときに私の顔を見て、みるみる顔が赤くなっていき、不機嫌そうに下を向いてしまったのだ。
私は、しまった、と思い、何事もなかったかのようにカードを受け取り、パソコンの予約システムにカード情報を入力した。「河北(かわきた)実李亜(みりあ)」っていうんだ、この娘・・・ちょっとキラキラ入ってる感じ?でも、今時なら普通かな。
入力を終えて、カードを返そうと思って前を見たら、彼女、実李亜ちゃんは、すでに玄関の自動ドアから出ようとしているところだった。慌ててちょっと離れたところにいた同僚に声をかけて後を追った。
「あ、すいません、ちょっと窓口お願いします・・・か・・・河北さん・・・」
カウンター横の跳ね上げテーブルを勢いよくあげて、玄関に向かって小走りに向かった。実李亜ちゃんはすでにドアの外に出てしまった。すぐに自動ドアの前に立ち、もどかしい気持ちでドアが開くのを確認するやいなや、出て右に曲がったように見えたのですぐに右を見た。
いなかった・・・あ・・・あれ?右に曲がるとしばらくは図書館の壁が続くから、歩いている限り姿が見えるはずなのに・・・
玄関前に飛び出した格好のまま一瞬立ちつくすと、すぐ後ろからさっきの凛とした澄んだ声をかけられた。
「綾さん?」
「ぃひゃぁぁぁぅぅ・・・」びっくりしすぎて変な声になった。
「ぷっ・・・ふふふふ・・・あはははは」
振り返ると、実李亜ちゃんがお腹を抱えて笑い出した。私は顔が真っ赤になるのを感じながらも、追いついた(?)安心でほっとすると、大きなため息をついた。
「はぁ・・・よかったぁ・・・消えちゃったかと思ったわ・・・」
「綾さん・・・かわいい・・・」
「え?」
突然の言われ方になんだかちょっとムッと来た。
とりあえずカードを返して用件を済ませようと思った。
「・・・よ、予約できましたよ!はい。カードを返しますね!さっきも言った通り、返却されたら登録してある電話番号に電話しますね!希望があれば、ショートメッセージでも受け取れます!」
「ええ?綾さんが電話してくれるんですよね?」
カードを受け取りながら彼女が言った。
「え?・・・ええ・・・いえ、本が帰って来た時に居合わせた窓口担当から電話します!」
「綾さんがいいんです。」
「わ、私ですか?な・・・何で?」
確固たる意志が感じられる物言いに、良くわからなくなって、聞いてしまった。
「私、綾さんが好きなんです」
「え?何て・・・・?」
実李亜ちゃんはまっすぐ私の顔を見つめて来た。
私はなんと答えてよいものやら考えあぐね、まっすぐな瞳に気圧され、恥ずかしくなって、視点が定められなくて、しどろもどろになってしまった・・・
「お・・・おお・・大人をか・・からかうんじゃあああありませんよ・・・」
「からかってません。真剣です。それとも、大人にならないと、人を好きになっちゃいけないんですか?大人になるってどういうことですか?」
真剣な透き通った声でまっすぐに問いかけられた。
私はまた彼女の顔を見た。実李亜ちゃんは、まっすぐ私を見つめた後、ふっと顔を赤らめて、お辞儀をしながら、
「お電話待っています」と言って、踵を返して小走りに去って行ってしまった。
私は遠くに離れていく、波打ちながら揺れる長い髪を、ただぼぉっと眺めることしか出来なかった・・・
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