◆コミュ障の憂鬱

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◆コミュ障の憂鬱

もう1年以上も前の話、大学時代の友達、田上(たがみ)理恵(りえ)から連絡が入ったのは、大学を卒業して、図書館に就職して3か月が過ぎたころだった。 私のルームメイトの滝口さとみ(と言って他人行儀になるのもちょっとさとみに悪い気がするので、言いなおすと同棲相手・・・これも違う気がするけど・・・)と私が会ったのは、理恵の友達のつながりだった。               ◇ その頃私は、仕事を覚えるのに必死で、もともとあった人見知りを増幅させてしまっていて、職場の人たちと休憩時間でも満足に話しできず、職場と家を往復するだけの毎日だった。 休みの日もどこかに出かけるなどという元気も残っておらず、家の中でダラダラ過ごし、昔から持っていたお気に入りの本を読み返してみたりするだけの日々だった。だから、理恵から連絡があった時は、ほっとするのと同時に、涙が出てくるような始末だった。 「やっほー、有紀、綾!元気に仕事してますか?久しぶりにみんなで女子会しない?今度の金曜なんてどうかな?お返事待ってます♪」 相変わらず元気いっぱいだなぁ・・・もう一人の友達、矢島(やじま)有紀(ゆき)と一緒にいつもこうやって引っ張っててくれたから、あのころは楽しかったな・・・ 「うん。行くよ!久しぶりだね。楽しみ楽しみ」 送信っと。 すると、3人のグループラインに入っている有紀からも返信。 「ほんと久しぶり。私も行く!美味しいもの食べたいよね」 「じゃあ決まり!ちょっとお店探しておくね?7時で良いかな?場所は地下鉄の駅付近で良いよね?」 「いつもありがとう。お願いします」送信っと。 「了解!美味しいところお願いね?」有紀も返してきた。 ちょっと頑張れる気がしてきた。明日も頑張ろう・・・ すると、しばらくしてまたメッセが入った。 「ごめーん、高校の同級生から、別の女子会の誘いが入っちゃったんだけど、一緒でも良い?確か二人とも会ったことあると思うよ。大学の学祭のとき来てくれた井川(いかわ)樹里(じゅり)。良いよね?」 「私は良いよ。にぎやかなのも良いよね」あ、有紀が先に反応した。 私はちょっと残念な気がしたけど、確かに一度会ったことはある。うん。まあ、しょうがないか・・・ 「うん、いいよ」 「よかったぁ、じゃあお店決めたらメッセするねー」 「了解(^^)/」 努めて明るくやりとりをしていたら、階下(した)から母の呼ぶ声がしたので、とりあえず降りていった。 「実はね、お父さんが9月に転勤することになったのよ」 「ええー?どこに?」 「東京だって」 「じゃあ、お父さん単身赴任するの?」 「うん、それで相談なんだけど、綾も就職したんだし、お父さん一人でほっとけないから、お母さんもついて行こうと思って」 「え?」 確かに言われてみれば、子供がすでに就職していて独り立ちしているのに、母親がその子の面倒みるために父親が単身赴任っていうのはちょっと・・・ 「それでね、この家なんだけど、知っての通り、会社の社宅じゃない?お父さんの転勤でこの家を出ないといけないのよ」 え・・・じゃあ、私、一人暮らししないといけないの? ど・・・どうしよ・・・ 「綾、あなた一人暮らし出来る?」母が心配そうに聞いた。 そうだよね、もともと高校のころは不登校ぎみで、友達少なかったし、大学に入ってから少し変わったとは言っても、家の手伝いを率先してやるタイプじゃないし・・・心配するのも無理ないか・・・ 「だ・・・大丈夫だよ。もう私、大人なんだし、ちゃんと就職して仕事もしてるし。心配いらないよ?」 私は内心、心配だらけだったけど・・・ 「そう?そう言ってくれるなら安心だわ。アパート探しとか手続きとか、分からないことがあったら手伝うから言ってね?3か月あればなんとか見つかるわよね?」 「う・・・うん」 そうは言ったものの、何から手を付けて良いのかまるで見当がつかなかった。一人暮らし・・・職場になじむのにもこんなに時間がかかっているのに、どうしよう・・・ その日は途方に暮れて、よく眠れなかった。 次の日から、気分は超低空飛行だった。 職場でも言われたことをやるだけでいっぱいで、ほかの事に気を回すなんてとても出来なかった。見かねた主任が午後の休憩の時に声をかけて来た。 「西園寺さん、今日、どうした?全然仕事に身が入ってないよ?」 「あ、渡辺主任・・・」 「何かプライベートであったの?僕で良ければ相談に乗るよ?一応上司だし」 渡辺主任は40を超えたくらいの真面目そうなおじさんで、恐妻家とみんなの中では知られている。それでも、毎日奥さんのお弁当を持って来て食べているところを見ると、恐妻家という名の愛妻家じゃないかと私なんかは思う。 頼りになるタイプではないが、誠実なのは間違いないので、ちょっと聞いてみようと思った。 「実は、父が転勤になるので、一人暮らしを始めないといけなくなりました」 「ああ、それは大変だね」 「それで、これから家探しをして、引っ越しの準備をして、とかいろいろやらないといけないと思うと、仕事が手につかないんです」 「うーん、分かった。じゃあ、しばらくは、ルーチン作業をメインに進めておいてくれればいいから。窓口とか苦手でしょ?こっちで順番調整しておくよ」 あれ?思ったより頼りになる・・・というか、窓口苦手なのばれてたんだ・・・ 「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」 「もし手続きとかで職場を離れなきゃいけないときは言ってね。できれば大まかな予定がわかると、こちらも段取りしやすいんだけどね」 「あ、ああ、そうですよね?」 「確か実用書の方に、一人暮らしのサポートみたいな本があった気がするから、一度検索してみるといいよ?」 そうだよね?図書館なんだから、活用しない手はないよね。私は少し気持ちが楽になった気がして、渡辺主任に感謝した。 「あ、ありがとうございます!」 「いいえ。そういえば、最近だと、ルームシェアなんてのもあるんでしょう?ほら、女の子の一人暮らしは何かと危ないって言って、何人かで一緒に暮らすなんてのが流行ってるって聞いたよ?僕の若いころは、そんな言葉なかったんだけどねぇ・・・」 「そ・・・そうなんですね・・・」 ああ、確かに聞いたことはある。 でも、人見知りの私が手を出していいやり方じゃないと思った。 突然、赤の他人と一緒に住むだなんて・・・ とりあえず2冊ばかり、一人暮らしの関連本を見つけたので、借りて帰ることにした。もう、こうなったらしょうがない。やることをやって、何とかするしかない。だって期限が決まってるんだから・・・昔の私が今の私を見たらびっくりするだろうな・・・高校の時は、本当におっかなびっくり生きて来たって感じだったから・・・
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