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◆人見知りを飛び越える人
金曜の夜、楽しみにしていた久しぶりの友達と会うのも、すでにちょっと億劫になってきていた。主任に言われた通りに、大まかな日程を、本を見ながら作ってみたら、本当に3か月なんて短くて、やることだらけで、気が重くなっていた。
それでも、元気いっぱいな理恵の顔をみたら、少し元気が出た。
「綾ー、久しぶりー!ちゃんと仕事してる?」
「ええー、うん、大丈夫だよー」
「本当?また持病の人見知り、出てないの?」
ぐさっ・・・い、一応気にしてるんですけど・・・
「う・・・うん、大丈夫・・・」
「なら良いけどね?さ、中入ろ?」
「うん・・・」
今日の女子会は、洋風居酒屋。もちろん、私が普段行くような店じゃない。
というより、そもそも、私、一人で外食なんて行かないし、行けないし・・・店内はなんだかオシャレ空間っぽい装飾でいっぱいで、ちょっと落ち着かなかった。
予約席に座ると、すぐに有紀がやってきた。
「あー、有紀―、こっちこっち」
理恵は店内入り口で案内の店員と話そうとする姿を見つけるや否や、大きな声で手を振った。店内の視線が一斉にこちらを向いた気がして、私は居たたまれなくなった。
「理恵、綾、久しぶりー」
有紀は自慢の黒髪を後ろでお団子にして、クールな顔立ちを一層際立たせるような黒い太い縁のメガネをかけていた。
「有紀―、相変わらず地味ねー、社会人になったんだから、もうちょっと派手にすればいいのに?」
理恵がすかさず言うと、有紀はふふんと言う感じで(ああ、いつも通りだ)
「私はこれで良いのよ。理恵こそ、相変わらずばっちりメイクで気合入ってるわね?」
「私はいつでも戦闘状態なのよ?良いでしょ?」
どうやらこの2人はこの言い合いが楽しいらしく、大学の頃からこんなやりとりをしている。
「綾は良いわよね?そのままで天然素朴少女だもんね。図書館って、服装規則、厳しいわけじゃないんでしょ?」
「うん、でも、さすがに派手にしていると、来館者から苦情が来るらしいから、質素に、って言われてるの」
「そうなんだー、いろいろ大変ねー」
うん、いや、一応これでも少しくらいは綺麗にしようかって気持ちはあるのだけど・・・そう思ったけど、とりあえず笑ってごまかした。
「二人とも来たばっかり?」有紀が切り出した。
「うん、入り口で綾と会って、入ったところ」
「あれ?理恵の友達はまだなの?」
「うん、ちょっと遅れるって。だから先に頼みましょ?」
「ここっておすすめはなに?」
「フレンチっぽかったりイタリアンっぽかったり、いろいろあるから、お好みでたのむのが良いんだってさ」
「へぇーそうなのね?」
「まずは飲み物たのみましょうよ?私、ビールね、有紀は?」
「あ、私、なににしよっかなー、なんかカクテルあるかなー」
「おっしゃれー、こっちのメニューに載ってるみたいよ?綾は何飲む?」
「え・・・あ、私、よくわかんない」
いきなり振られて戸惑った。
「アルコール行けるのよね?」
「う・・うん。じゃあ、何か甘いの」
「じゃあ、これなんかどう?ピーチフィズ。昔流行ったらしいから、多分美味しいと思うわよ?」
「うん、じゃあそれ」
「じゃあ、私もカクテルにしよ。理恵、私、モヒートね?」
「わかったぁ。すいませーん」
さすが慣れてる二人、ばたばたと決めて行くなぁ・・・さすがにこういうところだとついていけない・・・私はちょっと場違いなところに来てしまったんじゃないかと後悔を始めてしまっていた。
店員さんが飲みものを運んできて、みんなの前に置いた。
なんだか、ピンク色のきれいな液体が、背の高い細いおしゃれなグラスに入って出て来た。
「わぁー・・・ピーチフィズだっけ?これ、きれい・・・」
「綾、あいかわらずねー、いい間(ま)持ってるわ?」有紀がしみじみ言った。
「?」
「いいわ、乾杯しましょ?久しぶりの再会に、かんぱーい!!」
「カンパーイ!」
「あ、か、乾杯」
ビールをなみなみ注いだグラスを振り回して、理恵がみんなのグラスにチンと当てて来た。と、泡がみるみる上がってきて、理恵はあわててグラスに口を付けて飲み始めた。なんだか、テレビドラマでサラリーマンがやってるしぐさに見えて、可笑しくなってくすくす笑った。
「綾、笑わないのー、社会人になると、こういうのが楽しくなるのよ?」
理恵が楽しそうに言って来た。
「だってぇ、理恵って、なんだかぁばっちりお化粧してて、そういうのが似合わなそうな感じなのに、実際にやってると、違和感がないんだもん」
「私はいいのよ。それより、それ、飲んでみなよ?」
言われて、一口飲んでみた。白桃の香りと、炭酸のシュワーっとした感じがさわやかで、美味しかった。
「あまーい!美味しい」
「そう?良かったねー」
いいなー、やっぱり昔からの友達は、間合いを知っててくれるから、心地いい。私は久しぶりの安堵感に、店内のおしゃれな居心地の悪さも忘れた。
と、店員が女性2人を連れて私たちの席にやってきた。1人は見たことがある。理恵の知り合いだ。もう一人は・・・?見たことはないと思った。とたんに私の中の人見知りスイッチが入った。
はじめて見た彼女は、胸元まである長い髪を頭のてっぺんからパーマをかけて、片方を後ろにかきあげ、半分を前に垂らす感じで、なんだかどこかのモデルさんのような人だった。顔立ちはわりとふっくらした感じだけど、目が大きくて、一度見たら絶対に忘れないようなはっきりした美人顔で、胸元をすこしはだけた白いブラウスにタイトなパンツが良く似合うスタイルのいい女性だった。
「あ、樹里、久しぶり!こちら、会ったことあるわよね?こっちが有紀で、こっちが綾。あ、そちらの方は?」
「理恵―、久しぶりー。あぁ、こちら、滝口さとみさん。私の大学時代の親友なんだ」
「滝口さとみです。樹里に誘われて来ちゃいました。お邪魔じゃなかったですか?」
「ああ、私、田上理恵です。立ってるのもなんだから、座ってください」
「ありがとうございます」
そう言って、井川樹里さんと、滝口さとみさんは私たちの席に座った。
「とりあえず飲み物頼みましょ?樹里は、えっと・・・ハイボール?」
「わぁ、理恵、久しぶりなのによく覚えててくれたねー。うん。私はハイボール♪」
そう言って樹里さんは頬っぺたの横に指を立ててペロッと舌を出した。なんか、理恵の友達だけあって、ノリがいい・・・
「えっと、滝口さんは?」
「あ、私はビールで」
「私のと同じので良いですか?モルツですけど」
「ええ、それでお願いします」
「すいませーん、ハイボール一つと、コップを一つお願いしまーす」
もう、理恵の独壇場だなぁ・・・
飲み物が揃ったところで、理恵が改めてかんぱーいと言って、みんなで乾杯した。その頃には最初に頼んだいくつかの料理がすでに来始めていたので、みんなそれぞれに箸をとって、自分のお皿に取り分け始めた。
そこで理恵が口火を切った。
「じゃあ、新しい顔ぶれなので、みんなで自己紹介をしましょぉ!」
私は、ちょっとどきどきしてきた。うーん、何て言おう・・・
「まず私から。私は田上理恵です。23です。ここにいる有紀と綾とは大学の友達です。今は、某化粧品会社の海外営業です。よろしくお願いします」
樹里さんがおおおーと言う感じで拍手をした。つられてみんなで拍手をした。
次に、樹里さんが始めた。
「私はー、井川樹里です。理恵とは高校の同級生でした。で、ここにいるさとみとは、短大の同級でした。今は学校事務してます。よろしくでーす」
今度は理恵がおおーと言う感じで拍手した。みんなで拍手した。
次に有紀が自己紹介をした。
「私は矢島有紀です。今は某電機メーカーの総務で働いてます。硬そうな恰好をしてますが、自分では割とやわらか系だと思ってます。よろしくお願いします」
「有紀はね、こう見えて、かなり遊び人なんだよ?大学の頃なんて、クラブ行こうって良く誘われたんだから」理恵が言うと、有紀が唇に指をあてて、しー、という仕草をした。そのあと、笑いながら「やーだー、もー、ばらさないでよねー」とつぶやきながら理恵の肩をはたいていた。
つ・・・次、私・・・かな?とちょっと悩んでいると、理恵が水を向けて来た。
「次、綾ね?」
「あ、うん、えっと、私は、西園寺綾と言います・・・」
「西園寺!いいところのお嬢様?」樹里さんがびっくりして聞いてきた。
「あ、え、いえ・・・なんか、うちは分家の分家らしく、別にお金持ちじゃないですし、父は普通のサラリーマンです・・・」
「へー、そうなんだぁ・・・」
理恵が感心した感じで言った。
あれ?私、言ってなかったっけ?と、一瞬の間が開いたところで、有紀が続けるように促してくれた。
「で、今の職場は?」
「あ、あの、今は図書館で働いてます・・・」
「司書さんね?」
滝口さんが聞いてきた。
「あ、はい。学校で司書になるコースを選んでました」
「すごいわね?あれって国家資格なんでしょ?」
「あ、はい。でも単位をとって卒業すれば司書になれるっていうことだったので、私は国家試験を受けたわけじゃないです・・・」
「へぇ、なんだかそれって羨ましいわ?」
「でも、さとみだってファッション販売なんちゃらの資格もってるじゃない?」
樹里さんが横から指摘した。
「ああ、でもあれ、国家資格じゃないし」
「そうだけど、結構難しいって聞いたわよ?」
「そうでもないわよ・・・ああ、私、滝口さとみです。樹里と一緒に服飾短大に行ってました。今はアパレルのお店で販売員やってます。よろしくお願いします」
「じゃ、みんな自己紹介おわったところで、食べましょ?お料理冷めちゃうわ?」
理恵がまた仕切った。
私はなんとか自分の番を乗り切れたし、滝口さんが会話してくれたので、どきどきしながらも、普通に受け答えで自己紹介できたのでほっとした。
初めての人に、うらやましい、なんて言われたのは初めてだ・・・
私は思い出して、すこし顔が火照るのを感じた。
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