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それから数十秒後、看護師と共にいくが病室に入ってきた。
「あ、先輩…。」
錦司は虚な瞳で言った。
「錦司くん、心配したよ? 大丈夫?」
「あ、はい。」
動揺を隠せないいくを安心させたいが、錦司は彼にどう声をかければいいかわからなかった。
ただ、そんな彼に短い返事をすることしかできない自分に情けなさを感じていた。
「それよりも、すみません。せっかくの休日を台無しにしてしまって…。」
錦司は俯いて言った。
「いいわよそんなの。また今度行けばいいし。」
「しかし…。」
「気にしないで。」
いつまでもいくの貴重な遊園地のチケットを無駄にしてしまったという罪悪感に苛まれ続ける錦司に、いくは優しく言った。
そんな二人を交互に見た後、看護師は口を開く。
「お話の途中だったらすみません。天使様は入院の必要はございませんが、もう少し休まれた方がいいかと思います。あと、今回の件ですが、おそらく熱中症でしょう。」
「…そうですか。」
錦司はこの症状が熱中症だということはなんよなく察していた。彼は幼い頃から暑さに弱いからである。
「はい。30分後にまたお声がけしますので、それまでゆっくりおやすみください。では、失礼します。」
そう言うと、看護師は病室を後にした。
数秒間、沈黙が訪れる。そんな沈黙を破ったのは錦司の方だった。
「…先輩、先に帰ってもいいですよ。」
錦司は言った。これ以上自分の私情に大事な先輩を巻き込みたくなかったのだ。
すると、いくは真剣な表情になった。
「それはダメ。あなたは私のボディーガードでしょ。一緒に帰るわ。それに、体調の悪い後輩を放って帰るなんてできない。」
いくのその言葉は錦司の心に響いた。彼は今までここまで優しくされたことなんてなかったから、初めて人のあたたかさというものを感じた気がしたのだ。
「…ありがとうございます。」
錦司はいくに心から礼を言ったのだった。
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