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「ねぇ、あなた。隣いいかしら?」
「え……。」
突然、声をかけられた。しかも、かなりの美貌を持つ女性に。
白い肌、全体的にスレンダーな体型、よく手入れされたサラサラした美しいクリーム色に近い長い金髪、アメジストのような美しい瞳、形の整ったライトブラウンのたれがちな眉が特徴で、ボトムスはピンクを基調とした花柄のスカート、トップスは真っ白な生地の薄い長袖のシャツを身にまとっている。黒のロングソックスを履いた上に、銀色に輝くパンプスを履いている。
錦司はしばらくその美しい女性に見惚れていた。
何秒間見つめていたことだろう。錦司はこれまでの人生、一度も女子のことをまじまじと見つめたことはなく、このような出来事は今のこの瞬間が初だった。
「どうしたの? そんなに私のことを見つめて…私に何か変なものでもついている?」
中性的で少し高めの色気のある声でそう言われると、錦司は我に帰る。
「え…あ、いや、何でもありませんっ! お隣、どうぞ!」
錦司はどぎまぎとしながら、自分のとなりの席を指さして言った。
「…ありがとう。」
女性は口元を綻ばせた。
そんな彼女の表情を見た錦司の心臓は跳ねた。
“これは…次の授業に集中できそうにないな…。”
香水をつけているのだろうか。隣から香る薔薇の香りにドキドキしながら、錦司は教科書の続きを読んでいた。
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「今日は隣に座らせてくれて、ありがとう。」
「あ、いいえ。」
「よかったら、次回の講義も隣に座らせてくれないかしら? あなたの隣、落ち着くのよね。」
女性は微笑んで言った。その笑みに、錦司の心臓は再び跳ねる。
「っ構いません!」
“むしろ大歓迎です!”
心の中でそんな言葉を付け加えた。
錦司は来週のこの講義が楽しみになってきた。
「自己紹介が遅れていたわね。私、守上(もりかみ)いくっていうの。2年生よ。よろしくね。」
「…1年生の天使錦司です。こちらこそ、よろしくお願いします。」
軽く自己紹介すると、二人は少し話をしてからこの日のところはその場で別れた。
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そして待ちに待った次の週のこの講義の日。
錦司は空いた席に座って本日の講義の予習をしていた。
(話が遅れたが、そもそもこの講義は第二外国語のフランス語演習の講義だ。全学年が履修できる講義である。)
だが、ふと右腕にはめた腕時計に目をやると、もう講義が始まるまであと5分もないくらいの時間になっていた。
“守上先輩、欠席するのかな…? 一緒の席に座るって約束したならせめて連絡先、教えあいっこすればよかったな…。”
そんなことを考えていたら、錦司の座っている席の付近から不穏な会話が聞こえてきた。
彼はそちらへ目をやる。
そこには、いくが二人の男子学生に囲まれている姿があった。
「なぁ、お嬢さん。俺たちの隣に座ろうぜ。」
「いいよなぁ?」
その光景を目にした錦司は居ても立っても居られず、席から立ち上がり、その場に近寄った。
「やめてください! ご自分が何をしているかわかっているのですか?!」
そして、大声で怒鳴る。
この男子学生二人は、いくのことを集団で軟派しようとしているのだろう。
そんなことは絶対にさせない、と錦司は思ったのだった。
二人の男子学生は、一瞬だけ錦司のことを怪訝そうな目で見た後、ため息を吐いた。
「はぁ…なんだ、彼氏持ちだったのかよ…。つまんね。行こうぜ。」
「おう。」
がっかりしたような表情をしながらそのような感じの言葉を吐き捨てると、彼らはその場を去った。
錦司は、二人の男子学生が錦司といくからだいぶ離れてからいくの顔を覗き込み、話しかけた。
「…大丈夫ですか?」
「ええ、助けてくれてありがとう。」
いくは瞳を伏せて言った。
「でも、僕みたいな奴が、守上先輩の彼氏だと誤解されるの、嫌ですよね…? 先輩みたいな女性はもっと良い人とーー」
錦司がそこまで言うと、いくがため息を吐いた。
「私、男なんだけど…。」
いくが小さめの声でそう言った瞬間、錦司は瞳を大きく見開き、両手で口元を押さえた。
“えぇ〜〜!?”
そして、心の中で大声をあげたのだった。
今のところ、今年一番の驚きの出来事となった。
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