最終話 

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 そう意地悪く微笑む鈴木君は、私が置いておいたタオルを、すっと脱衣所の方へ片付けてしまった。ううう。万事休す。  二人の兄弟は、荷物を下ろすと、服をぽいぽい脱ぎ始めた。 「本当に、本当に。入る気?」  私は湯船の端へそっと移動し、彼らに背を向けた。ちらと見たら、ズボンも脱いでいる。ほ、本気です。 「でも良かった。雪乃さんの身体の傷、綺麗になったみたいで」 「み、見たの?」  ドキドキで、二人の姿を見る事ができない。 「おい。いつ見たんだ?安徳」 「さっき。子供をお風呂から出していた時」 「お前……そうか。だから俺に玄関を見て来いって言ったんだな……」 「さ、入ろうっと。お、これは……効くな」  お湯が大きく揺れた。私の背後には優しい声が近付いてくる。 「雪乃さん。明日は義経神社に行けるかな」 「雪の中だから。春まで見る事は出来ないよ」 「くそ……熱いな。くらえ!」  さらにお湯が激震した。何をしているの? 「ちょっと。静君?そんなに雪を入れないで!ぬるくなるでしょ」 「うるさい。まだ熱いぞ、これ……」  三人で浸かる真冬の露天風呂。空からしんしんと雪が降り積り、周囲の音を消していく。  静寂な氷点下の世界は銀色に輝き、眩しい。両手からこぼれる珈琲色の湯は温かくこの身を抱き、このまま私は溶けてしまいそうだ。湯けむりに包まれたこの夢のような時間。明るい月を仰ぐ私は、ここから出る言い訳を思い付けずにいる。           了 参考文献 〈吾妻鏡辞典〉  佐藤和彦・谷口榮著/東京堂出版 〈名言で楽しむ日本史〉  半藤一利著/株式会社平凡社 〈源義経〉
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