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木板にガラスと取っ手がはめられただけの簡素な扉をスライドし、さも今日初めて話すことになるかのような、初々しい身振りで「ごめん、遅くなった」と役に入った。
自分自身を監視カメラなんかで俯瞰することができるなら、僕は気恥ずかしさからモニターを破壊してすぐに帰宅するところだろう。
スラリとした背中を僕に向けて窓際に立っていた石髪さんは、傾いた陽光を穏やかに纏い、ステンドグラスの模様の一つであるかのように凛とした佇まいを見せた。思わず息を吞むのと同時に、彼女の中に巣食う緊張が身体という殻の亀裂からこちらを覗き見ていることも感ぜられた。
僕の中の片隅で居座っていた、どこか戯れや漫才のような思いが鳴りを潜め、「ON AIR」の文字が額に点灯したイメージが沸いた。
今、石髪さんの眼中にはまぶたの裏に何度も書き殴った意中の人が映り込み、イメージで繰り返したであろう情景が事細かに再現されている。
砕いた表現でいうところのメデューサ系JKではなく、恋の成就を願う一人の女の子としてそこにいる。
彼女の心臓の鼓動が、空気を伝ってこちらにさえ届きそうなものだ。
黒板は何一切も記入されずそこに佇んでいる。これが実はテレビモニターの内側のお話というオチで、僕たちは画面の中のキャストでしかなく、その外から多数の観衆がじっと鑑賞しているのではないのか。そんな気がした。
「ううん、大丈夫だよ」
おだやかな、それでいて震えかけた語尾を押し殺して。石髪さんはゆっくりと応じた。
「それで……、手紙の内容って」
「あのね、野平君」
前髪の隙間から大きい瞳がこちらを覗き込み、薄紫色の腕で髪をかぎ分けた。
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