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「私って、クラスじゃ地味だし、学業も運動もパっとしているとは言い難いし」
まだ彼女の練習は終わっていない。
僕は返す言葉を見つけるために、頭の中にある文法集や国語辞典をひっくり返すが、どれも浮ついた心を正常に戻す手立てとはいかないようだ。
気が付けば足は石のように固まり、硬直した身体はふさぎこんでしまったように動かない。
脈打つ心拍音が彼女の物ではなく自分のものであることに気が付き、認めたくないがこの30秒で僕は石髪さんに対して特別な感情を抱こうとしている。
――石のように固まり……?
石髪さん、足!! 僕の足が石化し始めてる!!
「なんていうか、自分に自信があるわけじゃない。それでも、この気持ちにだけは嘘はつきたくないなって。そう思ったの」
ふと我に返りあらん限りの力を腹から出そうとするが、どれだけ声を張り上げようともSOSが空気に乗ることはなかった。
石髪さんは一切気にするそぶりも見せない。
脳は非常事態宣言のアラームをならし、体のいたる器官が警告を叩く。それでも身体の連携は計れず、ピキピキと皮膚が硬化する音が更に肝をゆすった。
恐怖による声の萎縮か。いやちがった。
――すでに肺が石化している!!
見れば、先ほどまでの真黒な晴天を映した瞳はそこにはなかった。過剰な充血を思わせるような、真紅に染まり、目まぐるしく明滅する、獲物を狩ることに心血を注ぐための瞳孔がギラギラと僕を捉えていた。
血は逆流し、心音がバスドラムのように重い音を刻む。これは恋わずらいに起因する脈動じゃない。命の危機を察知し、脳が叫んでいる。逃げろ、と。
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