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第1話
「はあー⋯⋯、死にたい」
初夏の香り漂う五月上旬。これから始まるであろう夏に向け、徐々に気温が上昇するこの頃。
空は雲一つない真っ青な空、特別暑くもない燦々と輝く太陽、体をすぅっと通り抜ける心地いい風、と十人中十人が最高といい、思わずうたた寝してしまうくらいに気持ちいい今日の天気の下、人気のない公園で神月流斗は、ぼっそと究極的ネガティブ発言をした。
「はあー⋯⋯、死にたい」
またひとりでに呟く。
ベンチに寝転び黒髪をかき上げ、明るい蒼色の瞳で太陽を睨む。だが太陽は輝くだけだ。焼き殺してくれるわけではない。
眼を閉じて心地良い風を感じる。かといって、風が身を切り裂いてわけでもない。
「はあ――⋯⋯、どうにか死ねないもんかねえ⋯⋯」
死ぬ。
それは只人からすれば、否、生命体であれば受け入れがたい末路だろう。
だが、この男は本気でソレを望んでいた。
やがて流斗は、眼を閉じたまま眠りにつく。
誰かがその間に殺してくれないか、と考えながら。
――――――――――
「―⋯⋯、ぉーぃ―⋯⋯、おーい!起きんか、流斗よ!」
そんな寝ている彼のそばに一人の少女がやってきた。真っ赤な髪を颯爽と靡かせ、白い肌をした、身体はどこからどうみても完全無欠の小学校一年生だった。
そこにコウモリに似た黒い翼と尻尾、山羊のような角が生えてなければの話だが⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯あ~よく寝た⋯⋯。よう、リリヤ」
目が覚め、寝ぼけながらも声を掛ける。すると、リリヤと呼ばれた少女は頬を膨らませ、早口に自身の怒りを目の前の彼にぶつける。
「なにがようじゃ!!もうお昼じゃぞ!!昼時になっても見かけんかったからまた周囲を散歩してるのか、と思うて探しておったらこんなところまで行きおって!!おかげでわしのおなかは悲鳴を上げておるのじゃああぁぁぁぁぁ~~~⋯⋯」
途中、両手でおなかを抑え地面に倒れこむ。どうやら限界ギリギリのようである。
「適当に食べとけばいいのに。家にお金はあるから、それで何か買って食べても良かったんだぞ?」
「⋯⋯流石にそんな無礼な真似はできんわ」
「この前作り置きして一晩寝かせようとしていた五人前のカレーを丸々食べたリリヤが無礼とかいうか?」
「そ、それはそれ、これはこれじゃ!!それにおぬしは『まあいいか』と言って受け入れたであろうか!!⋯⋯ってこんなくだらん話をしている場合ではない!!我はお腹すいたのじゃ。早く⋯⋯⋯」
「はいはい、分かったよ」
面倒くさそうに言いながらも、倒れこんでいるリリヤをおんぶする。そして何故か流斗は首をかしげ首筋を露わにした。
「はあ⋯はあ⋯⋯はあ⋯⋯はあ⋯⋯」
「おいちょっと変態っぽいぞ⋯⋯。それやめろ」
「う⋯⋯、わかったのじゃ⋯⋯。それでは、いただくぞ」
そう言ってリリヤは口を大きく開き、
「カプッ」
「⋯⋯」
そのまま流斗の首筋へと嚙みつき、血を吸い始める。
それも十秒どころではなく、何分もだ。通常の人間の血液量を優に超えて吸われ続けているはずなのに、流斗はまだ生きていた。
「チュ─────⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯」
「チュ─────⋯⋯っと。ああ、美味しかったのじゃ~~!」
「新記録だな。十分も吸うとは⋯⋯。相変わらず大食漢だな」
「そっちこそわしより人外じゃな。十分も血を吸われて生きておる人間なんての⋯⋯」
「じゃあ、首切りよろしくな」
「うむ」
まるで日常会話のように繰り出された物騒な言葉に、リリヤは軽く応じ、彼の首を挟むように両手を当て、素早くスライドさせる。
すると彼の頸動脈から大量の血液が激しく飛び散っていく。瞬く間に石畳の道に血の池ができ、花壇にあった色鮮やかな花々は残らず全て血の色に染まる。
穏やかだった公園は、一瞬にして凄惨な殺人現場へと変わってしまった。
目の前に出来た血のシャワーを、リリヤは浴びながらおいしそうに飲む。真っ白な肌が赤く染まろうとも、服が汚れようとも、全く気にしない。
誰がどう見ても流斗は死んだ。
流斗は死んだ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はずだった。
「はあ――――、いつ見ても不思議な光景じゃの⋯⋯。およそ十人分の吸血をおこない、さらに多量の血液を失っても死なぬとは⋯⋯。魔獣界でもこんな生物は見たことも聞いたこともないのう。おぬしの身体は一体どうなっているのじゃ?」
「そんなの俺が一番知りたいわ⋯⋯」
既に治った首に触れながら、ため息をつく流斗。これでもう本日何度目のため息だろうか、本人さえも分からない。
一体自分はどうやったら死ねるのだろうか、本当に自分に死は訪れるのだろうか、そもそも自分は人間なのだろうか。
結論の出ない疑問を頭に描きながら、流斗はいつもの口癖をいつも通りに口ずさむ。
「はあ⋯⋯、今日も死ねなかった⋯⋯」
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