ねえ、どうして俺なの?

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 相川さんに、ずっと着け続けているイヤカフスの下がどうなっているのか見たいとせがまれて、おれはそれを外して見せた。 「赤くなってるな。痕が残ってる」 「ずっと着けっぱなしにしてたから。そうだ。せっかくだから相川さん、着けてみてよ」 「僕が? いいよ。貸してみて」  おれから渡されたイヤカフスを相川さんが耳に着ける。着けたその姿はまさに細島知弦その人で、まるでゲームの中からやって来たようだとおれは目を輝かせる。 「嬉しそうだな、前嶋。そんなに喜ぶならもっと完璧にしようか」 「完璧って。――あ!」  相川さんがクローゼットから取り出してきたのは見覚えのあるマフラーとサングラスと、そして細島知弦が着ていた制服だった。制服のサイズも相川さんにぴったり合うようで、服に袖を通して着てみせて、マフラーを巻いて頭にサングラスを乗せると、相川さんの姿が見事に細島知弦と化した。 「なに、それ。なに? 一式そろってんじゃん! 細島知弦だ!」  おれは興奮する。気分を良くした相川さんはポーズをとってふふん、と得意げに笑った。  そんな相川さんがおれを手招く。おれが不思議そうに近寄ると、おれの体をくるっと反転させた相川さんが背後からおれを抱きしめた。  バックハグだ。おれを抱きすくめた相川さんが鼻先をおれのうなじに埋める。吐息をそこに感じて背筋がぞわっとして、おれは体温を上昇させる。  そんなおれに相川さんが甘くささやく。 「ずっとこうしたかった。こうして抱きしめたくて堪らなかった。キスして、早く僕だけのものにしたかったよ」 「……!」  すぐに気づく。これは『深淵のNEO』細島知弦のハッピーEND、つまり極甘Hルートの細島知弦の台詞だ。  一気におれの心音が跳ね上がる。 「あ……知弦さ……」 「もっと僕にお前を奥の底まで犯させろ。この体もお前の心も。もうこの僕のものだ。……逃がさない」  言われて、きゅん、とおれの胸が高鳴る。相川さんはおれのイヤカフスの痕がついた耳を舐め、甘噛みする。  赤面したおれはしどろもどろに言い返す。 「あの、相川……さん。細島知弦にそんなえろっちい台詞、ない、よね?」 「うん。これはパソコン版のゲームの限定版に付いてる、おまけドラマCD十八禁の中の台詞だからな」 「……あのキャラがこんな過激に求めてくるんだ」 「そう。まあ、僕の願望でもあるけどな」  相川さんはぎゅう、とおれの体を強く抱く。甘い台詞と熱い吐息とその動作に。きゅんきゅんするのは間違いない。だが。  自分が感じているのは相川さんなのかキャラクターなのか本気で混乱しそうだ、と内心で思った。 ――これはなんか色々まずい……。  キャラクターとして細島知弦はもちろん好きだ。確かに演じられると感情は高ぶってしまう。けれどおれが本当に好きなのは現実に傍にいる相川さんだ。  そこは間違えたくない、とおれは思う。 「希央」  細島知弦のように相川さんは名前を呼んだ。  おれは背後の相川さんの頭を抱くように腕を絡める。 「名前で呼ばれるのは嬉しいんだけど。相川さん、細島知弦にならなくてもいいよ? おれはさ、どんな相川さんでも好き。バレーボールをしてるときも。オタクなときも。今も。だからさ。装わなくったっていいんだ」  相川さんは少し沈黙した。けれど納得したかのように、おれを優しく抱きしめる。 「じゃあ希央が、僕のことを脱がせて」  乞われるままに、正面に向き合ったおれは相川さんの衣服を脱がし始める。  慣れていないせいか、ボタンを外す指が震える。 「焦らなくていいから」  おれを落ち着かせるように、おれの前髪を掻きあげた相川さんが額にキスをくれる。  ていねいに一枚一枚、おれは慎重に相川さんの服を脱がせた。  隠す衣服がなくなった相川さんの引き締まった裸体を見て、おれは鼓動を速くする。  じっと見つめていると、相川さんが苦笑した。 「散々さっき見たのにな。そんなもの欲しそうな顔をして。好きに触ったらいいのに」 「じゃあ、触る」  おれは遠慮なく相川さんの胸元に手を触れさせた。相川さんの心臓がおれのと同じくらいに速く脈打っていることに気づく。 「心臓の音、すごいね。相川さんも緊張してるの?」 「してるよ。希央に触ってるんだから。緊張するだろ」  相川さんは口元を緩める。おれが触っているせいか、ほんの少し頬が赤くなる。おれは気を良くして相川さんの心臓の辺りに口づけた。相川さんがピクリと体を揺らす。おれが吸いつくのを止めないでいると、次第に相川さんのそれが反応しだした。むき出しのそれがそそり立つ。  自分のせいで相川さんがこうなっているのだと思うと、興奮する。もっとそれを続けようとして、相川さんに止められる。 「こっちにも」  相川さんはおれを上向かせて口づけた。おれを抱いた相川さんの手が、やんわりとおれの尻を撫でる。 「相川さん……っ」 「入れさせて、希央」  ねだられては断れない。誘われるがままにおれは相川さんの上に馬乗りになる。膝立ちになって相川さんのそそり立つその上へ腰を落とす。だがうまく入らない。 「希央。ごめん、僕がする」  そう言うと相川さんはおれの体を支えながらゆっくりとそのまま仰向けに押し倒した。おれの体を曲げて覆いかぶさり、奥へ自身のそれを押し込む。 「っ! あっ、ああ……んっ」  膝の裏を持って抱え上げられ、ゆさゆさと揺さぶられる。相川さんはますますおれの奥に抉り込んできた。その窮屈さと圧迫感におれはぎゅっと目を瞑る。引き抜かれてまた突かれると、快感で頭が真っ白になる。  貪欲に腰を押し進められ深く相川さんと繋がる。 「……そんなにおく……っ! おく……っ、だめっ」 「痛い? やめる、か?」 「……や、違……っ、やめな……いでっ」 「でも」  相川さんは心配そうに言う。涙が浮いたおれの目尻と頬にキスをする。  おれは大きくかぶり振る。 「いい……んだっ。乱暴にされたい。おれをもっと、……もっと気持ち良くしてよ、相川さん」 「峰也」 「え?」 「峰也って呼び捨てにしてくれ。じゃないと、恋人としての。酷いことはしづらい」 「みね……や?」 「そう。峰也。……希央、好きだ」  繋がったまま抱きしめられてささやかれ、花が咲くみたいにぶわっとおれの顔に熱さが込み上げてくる。  名前なんて色んな人に呼ばれ慣れている。だが相川さんに呼ばれるのは他の誰かが呼ぶのとはまるで違う。自分の名前がまるで特別なもののように聞こえて、嬉しくて、恥ずかしくて。それだけで体温が急上昇する。 「峰也さん。おれも、峰也さんが大好き」  おれは噛みしめるように言った。  相川さんが幸せそうな顔をする。 「なあ希央」 「ん? なに」  相川さんは律動を止めておれの顔をじっと見た。おれも視線を向ける。相川さんの額や首には汗が浮いていた。表情も余裕があるようには見えない。そんな中で相川さんが問いかける。 「一生僕の傍にいてくれる?」  もちろん、とおれはすぐさま答えようとした。だが相川さんに唇に人さし指を押し当てられて止められる。 「そこは善処する、とか。出来る限り、とかの答えでいいんだよ」 「そうなの?」 「うん。訊いといてなんだけど。一生とか。絶対とか。守れる約束じゃないしね。この先がどうなるかなんてわからないし。事故とか。希央の気が変わるかも」 「……それは」 「でももし、希央が、うん、って言ってくれたら。たとえこの先にどうなっても。それまでは。信じて幸せでいられる。だから……」  相川さんの言葉を最後まで聞かずにおれはそれを止めるように唇を合わせた。相川さんの言葉を奪うように口をキスで塞ぐ。  驚いて息を飲む相川さんに、おれは問う。 「峰也さんは一生おれの傍にいてくれるの?」 「うん」  相川さんに迷いはなかった。 「だったらおれも。同じでいいじゃん」  おれはちょっと憤慨してから、笑った。  それからはたがが外れたかのように夢中になって互いを求め合った。何度もキスをして体を重ね繋げて。おれは相川さんの手によって幾度も絶頂を迎え、途中で数えるのをやめてしまった。  相川さんはおれの中で欲望を果てさせた。おれは体内に熱い迸りを感じ、それが相川さんが自分へ向ける欲情だと身に染みて知り、幸福感に包まれて意識を飛ばした。  後日、おれは相川さんとうまく仲がまとまった件を真太先輩に赤裸々に語った。真太先輩は、聞いちゃっていいのかなぁ、とぼそりと呟き、困惑して始終赤面して聞いていたが、最後には祝福してくれて、一緒になって喜んでくれた。  だが最後に、けど、と真太先輩は眉をひそめる。 「うまくいったのは良かったけど。どうしようか。それ、姉さんにも報告する?」  おずおずと訊ねる。そんな真太先輩におれは、もちろん、と機嫌良く返した。 「夢実子さんには、感謝しかないし」 「……ええ~。本当に? 本当に言うの? ……おススメしないなぁ」  真太先輩は弱ったように、ますます困り果てた顔をしたのだった。  おわり  
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