ねえ、どうして俺なの?

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 後日、おれはその男、相川峰也(あいかわ みねや)から愛の告白を受けることになる。  四月初旬。校門までの道のりは桜が咲き乱れ、歩道は落ちた花びらで地面が見えないほどに埋め尽くされていた。見渡す限りの青い空に薄い雲が流れていく。吹く風は強く少し肌寒く感じるものの、陽射しを浴びると心地よい暖かさの気候だ。  春真っ盛りのこの日は藤志川(どうしがわ)大学の入学式で、その出席のために午後から新入生がその大学の門をくぐっていた。 「入学おめでとう。これからの新生活が実りある素晴らしいものになるといいね」  そう声をかけてきたのは、この大学の在校生らしき男だった。らしいというのも、大学を運営する側の人間にしては若すぎる、と思ったからだ。  歳はおれよりも一つか二つか、たぶんそれくらいで二十歳くらいの青年だ。スーツを着て二の腕に大学のエンブレムが記された腕章を巻いている。  正門の内側では彼と同じような、在校生たちが新入生を待ち構えていて、正門をくぐってきた新入生たちを呼び止めている。在校生たちは新入生のスーツの上着の胸元に祝いの小さな花の飾りを手際よくつけていく。そんな光景があちこちで見られた。  例外なくおれも胸元に花を贈られる。おれもこの春から藤志川大学社会学部、現代システム学科の学生だ。  これから四年間をこの大学のキャンパスで過ごすことになる。 「ありがとうございます」  感極まっておれは礼を伝えた。期待と興奮で胸の内の鼓動が速い。おれのそわそわした態度が見て明らかだったのか、花をつけてくれたその男が口元に笑みを浮かべた。  一瞬、おれはそれに目を奪われる。 ――うわ。この人。なんか、キラキラしてる……!  その男はおれよりもだんぜん背が高い。身長が百六十五センチメートルのおれより、十センチメートルは高い位置に頭があった。  胸に花をつけてくれたとき、少し体を屈めたその男からは甘くて良い香りがした。香水なのかそれとも洗髪したときのシャンプーやボディソープの匂いなのか、整髪料の匂いなのかは判断がつかないけれど。この人には違和感なく似合っていた。  おれとはまるでタイプが違う。同じようにスーツを着ていても、着慣れていないおれはスーツに着られている、といった感じなのだが。対してこの男のほうは、その姿がちょっと注目の的になっていた。  スーツを着こなした姿はまるで『王子様』だ。そう、女性が騒ぐ部類の、まさに王子のようだった。  人目を惹く整った顔立ちに加えて、灰色の瞳はおそらくカラーコンタクトレンズを入れているのだろうけど、小麦色の肌には不思議と似合っている。少し青みがかった長い黒髪を後ろで、血のような赤色をした紐で縛っていて、その姿は異国の王子みたいだ。 ――あれかな。こういう雰囲気の人って。確か。乙女系アニメに出てくる男キャラみたいっていうか。女の子たちが喜びそう……。  感心したように見て呆ける。都会の大学にはこんなキラキラと輝いている人間が普通にいるのかと、ちょっと気圧されそうにもなるが、妙に納得もできる。おれの地元では見かけたことがない部類の人間だが、自分の知らない世界を知ったようで、嬉しくなっておれは目を輝かせた。  花をくれた在校生とは別れて、おれは大学の構内へ突き進む。少しの不安と期待を胸に抱いてこの日に臨んでいた。実家から電車で一時間半かけての通学には気持ちが迷うところがあったけれど、間違いはなかった。これからの新生活が楽しみで仕方がない。 「よし、頑張るぞ」  気合を入れる。式場へ向かう足取りは軽い。  おれの大学生一年目の生活が、スタートする。
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