ねえ、どうして俺なの?

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「え。それで、その告白、受けちゃったの……」 「まあ。そうなんだよな」  二講目と三講目の講義の間にある昼休憩の時間、おれは大学にある学生食堂にいた。そこで昼食をとる間に、世間話のようにそれを話した。  一緒に食事をとっているのはおれより二つ年上で、三回生である五条真太(ごじょう しんた)先輩だ。おれより細身でいかにももやしっ子という見た目の真太先輩とは、先日知り合ったばかりなのだが、おれはすっかりこの人に心を許して懐いている。  真太先輩は大学でのおれの生活をサポートしてくれるアドバイザーだ。藤志川大学では新入生の希望者が学校側に申請をすれば、生活を補佐する上回生を紹介してくれる制度がある。その制度を使って知り合ったのが真太先輩だ。  真太先輩は人見知りで他人とのコミュニケーションのとり方も下手で、本人もそれを自覚している。そんな先輩がなぜこの制度を使って新入生と交流を図っているのかといえば、自分の内気な性格を気にして少しでも改善したいと考えた結果、友人にこの制度をすすめられたからだった。  真太先輩が大きなつり目をオドオドさせて、周囲に気を配りながら声をひそめる。 「えっと、その。もうちょっと詳しく。聞かせてもらっていいかな」  おずおずと訊いてくる真太先輩におれは頷く。昼食のカレーライスを早々とたいらげてコップの水を飲み、そして先日あった出来事を語る。 「最初はさ、廊下で会って話しかけられて、呼び出されたとき。なんかおれ気づかない内に咎められるようなことでもして怒られるのかなって、びびってたんだけど」  入学式から数日が経ち、カリキュラムの説明や授業計画を決めるオリエンテーション期間を経て大学での講義が始まった。  講義は大学内に多数ある講義室で行われるのだが、一講目、二講目と毎回同じ場所で講義を受けるわけではなく、自分が選択している講義ごとに移動する場合が多い。そして講義室での席も自由なので、おれは好きな場所に座るために早めに講義室に向かうようにしていた。  そんなある日、講義室に向かう途中の廊下で後ろから誰かに呼び止められた。 「前嶋希央(まえしま きお)くん、っていうのかな。君。合ってる?」  訊き慣れない声に呼ばれて振り向く。こちらを見ていたのは背の高い青年だった。 ――あ。この人って。  すぐに思い出す。  見たことがある青年だ。今は薄手のシャツとジーンズというラフな格好をしているが、前に会ったときはスーツ姿だった。  入学式の日に胸元に花をつけてくれたあの上回生だ。  おれは首を傾げる。不思議に思った。あのときの上回生が、おれに何の用があって呼んだのだろうか。見当がつかない。 「はい。あの、そうですけど。おれに何か?」 「ああ。唐突で悪いんだけど。君と話がしたい。時間を作ってくれないかな。僕は相川峰也。この大学の文化学部の二回生だ。よろしく」 「はあ、どうも。……こちらこそ」  軽く自己紹介をされた。おれは困惑する。学年も学部も違って特に自分との接点は見当たらない。ますます不審に思って眉をしかめる。  そしてその名前を聞いて、また首を傾げた。 ――相川峰也……? なんだろう。その名前、どこかで……。  うかがうように相手を見ていると、相川さんは訝しむおれの様子には気づくこともなく、話しかけてきた。 「さっそくだけど。今日は空いている時間はあるか? 受講の予定は?」 「次の三講目で今日は終わり、ですけど」 「じゃあそれが終わったら悪いけど図書館の五階のラウンジに来てほしい」 「はあ。……わかりました」  あまり乗り気になれない。そんな態度で返答する。とにかく今はさっさとこの場を脱したい。そう思っておれが早々と背を向けると、相川さんが再び声をかけてきた。 「待ってるから!」  声に振り向く。見送る相川さんのその真剣な眼差しを見て、妙な胸騒ぎがした。おれは慌てて顔を背けてこの場から逃げるように離れた。 ――なんて眩しい人なんだ。キラキラしすぎだって。あんな人がおれに一体、何の用があるっていうんだろう。呼び出し……? 指導……しめられる? え。なんか目つけられるようなことしたっけ。心当たりなんてないんだけど!  目立つ行動をした覚えはない。立っているだけで雰囲気がある相川さんとは違って、おれは体躯も大きいほうじゃない。中肉中背で目を惹く容姿でもない。大勢に紛れてしまえば見つけるのが困難な姿形といえる。  相川さんは印象的だった。私服姿でも魅力があり、同じ男であるおれでさえ思わず憧れのような感情を抱いてしまう。  ため息がこぼれる。おれは自分の左耳に指で触れた。髪に隠れているが、耳にはシンプルなデザインの銀色のイヤカフスをつけている。高校時代に同級生から誕生日の祝いとして贈られたものだ。気に入っているため四六時中つけているわけだが。  おれのようにそんな装飾品で着飾らなくても、相川さんはその人自体に魅力があって、人の心を惹きつけているように思える。 ――なんなの、あの人。講義が終わったら、図書館の五階のラウンジ、って。ほんと、気が乗らない……。  だが無視するわけにもいかない。放っておくほうがよけいに怖い。  派手な上級生から名指しで呼び出されるなんて、ろくなことではないとはわかってはいても、腹をくくって行くしかない。  この後の講義の時間は散々だった。講義が始まって九十分間、おれはずっと上の空だった。講義の内容がまったく頭に入ってこない。  過ぎていく時間ばかりが気になっていた。
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