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幸い私しか居ないみたい。
それを確認して鏡の前に立つと、上気した頬の自分が映っている。
お風呂上りで血色の良くなっている顔を見て、私は口紅を塗っていなかったことを思い出す。
誰もいない。今の内なら大丈夫。
深呼吸をして口紅を取り出すと、私はそれをうっすら唇に引いた。
口紅……といっても当時の私が使っていたのは高校生が使うような、色つきリップだった。
ほんのりと薄紅色に色づく程度のそれでは、血色が良く、赤みが強い私の唇の上では余り効果を発揮していなかっただろう。
それでも私は満足だった。
気持ちの上で「綺麗になろうと努力をしている証」が欲しかっただけだから。
それなのに――。
トイレから出てくると、ロビーに彼の姿があった。
「ごめんなさい」
さっき散々彼を待っていたくせに、惚れた弱みというのは怖いもの。
条件反射で謝ってしまっていた。
「いや、俺も今出たトコだからそれほど待ってないよ」
それでもやっぱり彼は優しい。
さりげなくフォローしてくれた。
それが嬉しくて思わず笑みがこぼれてしまう。
その笑顔を見て、彼がふと顔を曇らせたのが分かった。
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