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「……?」
不安になって彼を見つめ返すと、
「口紅塗ったの?」
ビックリした。
塗った私ですら余り目立たないって思っていたのに。
彼は気付いてくれた!
彼の表情が決して好ましいものでないことを失念してしまうくらい、それは私にとって嬉しい言葉だった。
「気付いてくれたの?」
期待に胸を膨らませてそう告げたら……。
「何でそんな馬鹿なことするの? 折角温泉で綺麗になったのに、汚すだなんて勿体無い」
一瞬、何を言われたのか、理解できなかった。
馬鹿なこと?
汚すだなんて?
それは、私にとってお化粧がトラウマになった瞬間。
ただ、一言――。
「可愛いね」
お世辞でもいいからそう言って欲しかっただけなのに。
*
気が付くと、話しながら私の頬には涙が一筋伝っていた。
「わーん、辛かったね。そんな女心の分からんバカ男の言ったことなんて忘れちゃえ!」
「そーだ、そーだ! 化粧は汚れなんかじゃない!」
急に泣き出した私を必死に励ましてくれる友人達の様子を温かく感じながら、私は何度も何度もそれらの言葉にうなずいて。
自分と同じように涙を流す結露だらけのグラスを見つめた――。
終わり
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