弐拾話

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弐拾話

○白春砂 マナメが能力を発動しようとしている事は私にも分かった。 だから私も瞬時に能力を使って、時間を過去へ飛ばした。細かい微調整はできなかったが、およそ5月くらいまで飛んだはずだ。 「......ふぅ」 目を開けると、私は神社の本殿の前で座っていた。 一先ず私は自分の状況を______というより、マナメの意図を確認する。 突然、私の真似をして迫ってきて、彼は言った。 私の戯れ言は、ただの甘えの言い訳だと。 ______そんなこと、とうに知っている。 私が真衣の死の真相を知りたくて麻目家の調査を繰り返して得た情報、本来なら一族の者にしか伝えられない神の伝承の事を知り、それを真衣の失踪と重ねた。 あくまで可能性だ、と頭で考えてはいても、私は度重なる災厄を目の当たりにし、人が無惨に死んでいく姿を何度もこの目に写していって______いつしかツジガミ様の存在を真実として受け入れてしまっていた。 長い、永遠にも思われる時間を過ごして、私の目的は変わっていった。 "龍令"を止めるのではなく、"神楽"を執り行うのだと。 そして私はそれを真実とした。 ______いや、実際それが虚偽だとも分からない。 私と、マナメに宿るこの能力が存在する時点で、私達の常識を覆すようなものがこの世に存在することは確かなのだ。 護り神が人間の一人や二人を殺していても不思議ではない。 _________マナメは、どうでもいいと言った。 神はいないと豪語して私を怯ませておきながら、結局は私達には何も理解できない。ただ受け入れるしかないと主張していた。 だが私は違う。 真衣の死の真実を知りたい。 本当に神が存在せず、真衣が別の理由で消えたならそれでもいい。 "龍令"を止めることなんて不可能なのだとしても、それでいい。 最早真衣の失踪そのものがツジガミ様によるものなのか断定できない今、私の罪の内容も分からないのだ。 だったら、真実を突き止めて私の罪状を明かしてもらおう。 これは、きっと私とマナメの戦いなのだから。 頬をぱしっと叩いて気合いを入れた。 「......すーちゃん、何してるの?」 迅速に声の方へと振り向く。 麻目真衣が、不思議そうな表情をしていた。 「......真衣?」 「ん?どうしたの、すーちゃん」 巫女服を着て箒を抱えたまま私を覗き込む真衣に、私はたじろいだ。 「え......えぇ、真衣......!」 私は思わず彼女を抱き締めたくなる衝動に駆られるが、なんとか欲求を堪えた。 ポケットから携帯を取り出し、日時を確認する。 5月5日______つまり、私の能力だけではない。マナメの能力も発動している。私と彼の二つの能力が同時に使用されたことで今の状況があるわけだ。 だとすると、マナメが過去を変えて真衣を生き返らせたことにはどういう意図があるのだろうか。 この世界では、"龍令"は起こるのだろうか。 「ねぇ、すーちゃん。大丈夫?」 真衣が私の額に手を当てる。 熱があるとでも思っているのだろうか。 「......真衣、大丈夫だよ。ありがとう」 私は真衣の手をそっと握り返して安心させた。 「それより、今日は掃き掃除の日? 踊りの稽古はまた今度なんだ」 真衣との会話を思い出し、なんとか話を続けようとした。 「えぇ。今日はお休みなの。ごめんなさいね」 真衣が微笑む。 私もついうっとりと笑ってしまって、彼女の掃除を見守った。 それにしても、マナメは一体何を変えたのだろうか。 過去をどのように変えて真衣を救い出したのだろうか。 「ねぇ、真衣。最近何か悩んでる事とかない?私でよければ何でも聞くよ」 と言ってみる。 真衣は首を傾げてから、微笑んだ。 「すーちゃん、どうしたの? 今日はなんか変な感じだけど」 私を心配したのか、私の隣に腰を下ろす真衣。 私は、やはり真衣が隣にいてくれることが、何より嬉しかったし同時に悔しくもあった。 私があれだけ望んでもできなかった真衣との再会を、マナメにいとも簡単に実現されてしまった。 その事が、少しだけ悔しかった。 ______静かなメロディが聞こえてくる。 よく見ると、真衣が鼻唄を歌っていた。 自分の足元を見つめて、何かを考えているように。 私は、何か違和感を感じた。 胸が掻きむしられるような焦燥を覚えて、このままではいけないと思い、事の核心に触れようとした。 「ねぇ、真衣。1ヶ月前くらいに......その、何か変わったことはなかった?」 これで、真衣を救い出す手立てが何か分かるかもしれない。 だが、真衣は私の方を向くこともなく、俯いたままだった。 「......何もなかったよ。どうしたの?」 明らかにトーンの低い声で答える真衣に、私は戦慄した。 嫌な考えが私の頭を過った。 「ねぇ......真衣」 「どうしたの、すーちゃん?私、真衣だけどさ。そんなに名前呼ばなくてもいいじゃん」 ______違う。 この少女は真衣ではない。 「真衣......踊ってよ」 「え?」 「少しだけでいいから。踊ってみて欲しいんだ」 私は、口にしたくない言葉を無理矢理捻り出した。 「すーちゃん。......分かったよ」 真衣が立ち上がり、姿勢を正す。 歌舞が始まった。 彼女の手足の挙動は正しく、リズムにも乗れている。 だが、それでも決定的に欠けている事があった。 彼女の本質とも呼べる部分が、ぽっかりと空洞を作っていた。 私は真衣______を模した者に駆け寄り、掴みかかった。 「あんた......誰よ!?真衣じゃないでしょ」 「ちょ、ちょっと急にどうしたの、すーちゃん!?」 たじろぐ真衣に、私は気が動転してひたすら存在の否定を繰り返した。 「あんたはいない!もういないのよ!あんたは......偽物だわ!」 私は泣き叫びながら、彼女を揺さぶり続けた。 最早涙が滲んで何も見えないけど、思いだけを無遠慮に吐き出した。 「......すーちゃん......」 「すーちゃんって呼ぶなッ!それは......真衣だけの......」 感情が昂り、顔が熱くなる。 そしてやがて全身が熱くなり、とくにそれは腹部に集中していて_________どす、と衝撃。 「......え?」 私が涙をぼろぼろと溢しながら目を開くと、鈍色の金属が私の腹部から生えていた。 認識が激痛を呼びよこす。 「......あぁッ!ぐっ......」 私はあまりの痛みに崩れ落ちる。 訳が分からず、ただ死にかけの虫のように手足を微動させるだけだった。 「......踊り......ですね」 私に降り注がれる言葉が微かに聞こえた。 「踊りがいけなかったんですね。一応練習したんですけれど......やっぱりお姉ちゃんには敵わないんだ。悲しいなぁ。まぁでも、きっと気づくのはあなたくらいでしょうからね。今のうちに殺しておくのがいいのかもしれませんね」 最後の力を振り絞って上を見上げると、真衣にそっくりの女が私を見下ろしていた。 その表情には、およそ感情と呼べるものがなく、ただ瞳を冷酷に据わらせて私を見つめていた。 「......お姉ちゃん。こんなのと友達だったんだ。......別に可愛くもないし、賢くもないし、弱っちい奴なのに......」 少女の侮蔑の言葉があまり耳に入らず、私は痛みに悶絶した。 「私、これでも頑張ってるのにな......両親は私が 真衣だって言い張っても信じてくれましたよ。きっと神様が姉と妹を取り替えてくれたんだって......あぁクソッ!」 彼女が私の脇腹を蹴りあげる。 「ぐあッ!」 「先輩だって信じてくれたんですよ。私が真衣だって。お姉ちゃんの恋人なんで吐き気がしましたが、なんとか頑張りましたよ!デートだってしたし、手を繋いだし、キスだってしたし、それ以上だって......クソッ!クソッ!クソッ!」 溢れて止まない憎悪でもって私を嬲り続ける少女。_________おそらく、彼女は幽衣だ。そもそもこれだけ精密に真衣に変装できるのは彼女しかいない。あの姉妹は双子かと思うくらい顔が似ていた。服装や髪型や態度が全く異なるので普段は見分けがついていたが、どちらかを模そうとすればこうも簡単に偽装できるのか。 「......私だって、真衣になろうとしたのに、真衣になれたと思ったのに......どうしてあなたは......」 ぼやけていく視界の中で、私は死を悟った。 今まで、人の死を見ることはあっても、自分が死に至る事態になったことは一度もなかった。 私が相手にしていたのは自然災害だし、人の悪意を引き立てるような事もしたことがなかったからだ。 ______あぁ、ようやく死ねるんだな。 あれだけ死を恐れていたのに、いざその時が来ると、なんとも言えない安らぎがあった。 きっと真衣も、こんな気分だったのだろうか。 「......諦めるのかい?」 頭上で、幽衣のものではない声が聞こえた。 目をなんとか開いてその人物を見た。 「......マナ......メ......」 「真実が知りたいんだろう? だったらそんな心地良さそうに死んでる場合じゃないと思うけど?」 ______確かにそうだ。 だが、この状態では最早真実も何もあったもんじゃない。死にかけなのだ。 これなら、あの世へ行って真衣に直接聞いた方が早いかもしれない。そう思うと、自然に笑みが溢れた。 「......この未来は、幽衣に何かしらの大きな負担がかかっている。僕らの知る幽衣は真衣が消えてしまったのを自分が彼女に寄り添ってあげられなかったからだ、と考えて罪の意識を持っていた。でもこの世界では、彼女はもう壊れている。真衣を模して、真衣として完全に生きている。僕とも、もう完全に恋人だったよ」 あぁ、知るか。そんなの。 もう、どうだっていい。 「悪いけど、君にはまだ白旗を挙げさせるわけにはいかないんだ。見せたい未来が少なくともあと二つある」 そう言って、マナメは静かに目を閉じた。
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