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弐拾六話
○空純朦罵
真無目から教えてもらった三番スクリーンの室内に入る。
中には暗転したスクリーンと、点滅する非常用出口のライトが見えた。
冷房の駆動音だけが鳴り響く劇場内。
あいつは、最奥の席に座っていた。
「......よぉ。炉鯨」
俺は奴の名を久しぶりに呼んだ。
炉鯨はこちらに気づき、安堵のような表情を浮かべた。
「あぁ、なんて偶然なんだ......今ちょうど君の真似をしていたんだよ。自ら望んで死ぬってどんな気分なのかなって思ってね」
「相変わらず気色悪いことしてんじゃねぇよ。それに、ここにいたって別に死ねやしないぜ」
俺は階段を登って奴の所へと向かう。
「......そうかい。まぁいいか、もう充分だ」
炉鯨が一人で納得する。
「止めておけって。どうせお前に俺の気持ちは理解できねぇよ」
「またそれか......。確かに君の退屈への反抗心は人より少々複雑なものなのかもしれないけどさ、別にかっこつけて死にたい、なんて年頃の男の子なら誰でも考えたりするんじゃないかな?」
「あぁそうかよ。だったら、何故お前は俺に執着した? 俺の言った言葉を纏めて歌になんかしやがって......しかもこれがまた売れてるときた」
「別にネットに投稿しているだけだし、広告収入は貰ってないんだけどね」
「金の問題じゃねぇよ。俺の言葉が大衆に共感されてんのが腹立つって言ってるんだ」
「あぁそういうことか。確かに君はセンシティブだからそういうのは嫌かもね。ごめん、悪かったよ」
「別に謝る必要はねぇよ。歌作んの止めろとも言っちゃいねぇ。......それやってる限りお前とは絶交だがな。俺が言いたいのは、さっさとこのシケた映画館から出ろってことだ」
「いちゃいけないのかな?」
「そこまでしてここにいたいのか?」
「あぁ。ここに来ると君との思い出を思い出すんだ。君はよく映画を見て独り言を溢すのが好きだったよね。僕はそれを聞いていて、いつもこう思っていたよ。"なんて可哀想な人なんだ"って」
俺は炉鯨の顔面を思い切り殴り飛ばした。
「......可哀想な人? おい冗談きついんじゃねぇのか?俺はお前に歌にされて初めて"可哀想"になったんだぞ?」
「僕が? 僕は別に君の境遇を歌にしただけさ。君は家庭にも恵まれず、夢もなく、大した未来を見据える事が出来なかった。社会に出れば、きっとつまらない日常に身を投げることになる。それを自覚しているから、世の中を斜に構えた風にしか見れないし、何事も楽しむことができない」
「あぁそうかもな。だが、教えてやろうか?俺はそれを、お前に言われるまで知らなかったんだ」
俺はずっと勘違いをしていた。
俺と炉鯨の間に悪意なんてものは存在しない。
ただ、同情と嫉妬が絡み合っているだけだった。
「俺はずっとバカだった。日常がつまんねぇ、刺激が欲しいとかお前に愚痴りながら、適当に日々を過ごしてた。でも心のどこかで、別につまんねぇ大人になったっていいと思ってた。だが......お前が歌を作って、それがネット中で大絶賛されてるのを見たとき俺は......初めて自分が本当に惨めになった!」
「......僕の歌が本当のきっかけだったって言うのか?僕はずっと、君の言葉が脳裏から離れなかったんだぞ!? 君の日々の嘆きが僕に感情を形成して、僕を乗っ取ろうとした。だから僕はそれが怖くて、歌にしていろんな人に知ってもらうことで、その嘆きをもっと普及させて普遍的なものにしようとした」
「あぁ、そうかよ」
俺は炉鯨の隣に座った。
こいつの隣にいるなんて______正直今でも虫酸が走る。
だが、こいつも被害者だったのだろう。
俺達は、互いの狂ってる部分を増長させたに過ぎない。今になってそう思う。
「お前の歌......本当に人気だったよな。お前昔っからオタクっぽいとこあったし、ポカロってのも何か頷けたけど」
「あぁ、僕は歌も唄えないからね。それに、君の思いを歌うんならやっぱり機械の声の方がいいなって思ったんだ」
「そうかよ。......やっぱお前が羨ましいよ」
「どうして?」
「自分でそうやって広い世界に出て、認めてもらってる」
「僕の歌は君が作ったみたいなものだよ」
「別にそんな訳じゃねぇだろ。メロディだって絵だって歌詞だってほとんどお前が作ったものだ。俺の気持ちとかも入ってんのはちょっと気持ち悪いけど......でもあれはお前の作品だ」
「そうかな。なんだか悪い気がするよ」
「お前はそうやって考え過ぎるからいけねぇんだよ。人に感情移入しすぎてる。気づいてるか?お前映画見る時の主人公への感謝移入の度合いが半端じゃなかったぞ」
「それは......自分でも気づいてなかったな」
「いいか、俺がどう見えたってほっとけ。退屈だとか愚痴ってて、その結果死んじまったとしても、お前はバカな奴だなとか思って自分の事を考えてればいいんだ」
「......それは難しいかな」
「そうか。じゃあお前、一先ず自分の歌作ってみろよ」
「僕の歌?」
「あぁ。俺は素人だから分からねぇけど、お前歌作る才能あるんじゃねぇのか?ネットでも、リズムがどうのこうのとか、作曲のセンスがどうのこうのってコメントはあったし充分上手い曲が出来ると思うぜ」
「お前は自分が空っぽだなんて思ってるかもしれねぇけど、それはお前がまだ自分を探ってみたことがないからだ。一曲でもいい。自分で考えて歌を作ってみろ。そうすりゃ、誰も知らないお前の正体ったやつが分かるかもしれねぇ」
「じゃあ、"灯影の鯨"の作曲名はもう止めにするよ」
炉鯨は名残り惜しそうに、座席から立ち上がった。
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