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九話
○何時傘真無目
雑木林の影に身を潜めながら幽衣のあとを追う。
蝉の鳴き声が煩く、苔の臭いが鼻孔をくすぐる。
「この先って、確か神社じゃなかったかな?」
前方行く幽衣にそう呼び掛けるが、彼女はなんの反応も見せない。無視されたのだろうか。
ルシエスを出てから一切こっちを振り向くことなく前を見て歩き続けている。
やがて林を抜け、視界が大きく開けた。
そこには、小さな神社があった。
鳥居を潜り抜け、本殿を観察する。
「こんなところに神社なんてあったんだね」
幽衣はやはり反応を示さず、本殿の傍まで行って、手を合わせた。
「先輩……こっち、来てください」
やけにおとなしめな声で僕を誘う幽衣。
状況がよくわからず、僕も幽衣の隣にならんで合掌した。
長い静寂の末、幽衣が手を降ろす。
「ずっと、迷ってたんですけどね。先輩に言おうか」
「……何を?」
「お姉ちゃん……きっと私のせいで死んじゃったんだ」
言い終える頃には幽衣の声は掠れていて、今にも倒れるのではないかというほど窶れた顔をしていた。
「幽衣……。とりあえず日陰に座って話そう」
本殿の背後にできた影の中に腰を下ろして、幽衣を落ち着かせた。
「先輩……やっぱりお姉ちゃんからは何も聞いてないんですね。そうじゃないと、ここまで私に優しくしてくれるはずがない……」
「そんなことないよ」
「でも先輩、私……」
「君が過去に何をしていたとしても、僕から何かを奪っていたにしても、僕は君を責めないよ」
表情が崩れていく幽衣と向き合ってしっかりと言ってやる。
「僕たちは、真衣がいなくなってから互いを責め合うことしかできなかったよね。自分の喪失感に耐えられず、相手を傷つけることしかできなかった」
幽衣も思い出したくない過去が頭をよぎったのか、そっと目を伏せた。
「でも僕らはもう、変わっていっている。よくも悪くもね。なんだか最近……感じるんだ。自分が前とは全く違うものになっているって」
真衣の存在が消毒液で、真衣の喪失がメスの役割を果たして僕の皮膚を切り開き、どんどん異物が入ってきている。
「幽衣。話してくれないかな」
こんな事が言えてしまうということは、結局、僕は知りたいだけなのだろうか。口先でどう取り繕っても、幽衣に何を語りかけようとも、僕は未だに不安定でなのだ。
「先輩……やっぱり変わってますよね」
「あぁ。……でも真衣のことは好きだった」
彼女は魅力的で、きっと誰もが惹かれる存在だ。
僕は、女性の好みにおいてはこの上なく普遍的だったのだろう。
「じゃあ、聞いてくれますか」
「うん。どんな話でも受け入れるよ」
そして口八丁の僕が精神を崩しかけたら、また互いを貶し合おう。僕らはやっぱり、不安定だと思うから。
どうしようもなく、救えない存在だと思うから。
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