壱話

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壱話

空純朦罵(からすみ もうば) 今宵、俺たちは学校に侵入する。 目的は教員室にあるであろう中間テストの問題だ。教師共がマメに置いていっているのかは分からないが、テストは明後日だから既に印刷されているやつが何教科かあってもおかしくはないだろう。 それに、こと俺においては、別に今回のテスト泥棒が成功しようと失敗しようとどうだっていい。テストの点数を上げるのが目的ではないからだ。 俺の動機は、陳腐かもしれないが、退屈しのぎだ。それ以上でもそれ以下でもない。 「___おい、モーバ。全員集合したぞ」 胸元に収まっていた無線機からお呼びの声がかかる。 全員、来たみたいだ。参加者は俺含めて四人。動機も俺とは違うし、この活動に対する思い入れも違う。だが一先ずみんな集まってくれたことには安心していいだろう。 というより俺が行かないとあいつらの方が不安だな。 「分かった。今行く」 俺は無線機にそう返し、胸ポケットに戻した。 ちなみに何故スマホではなくて無線機なのかと言うと、一つは雰囲気作り、そしてもう一つは俺がスマホを持っていないからだ。ああいうのは少し苦手だ。 「んーしょっと」 上半身だけ思いっきり伸びをする。 下半身は上空四十メートルに放り出されている。 下を見て__ひゅう、と無遠慮に臓物をつつかれるような不快感を覚える。 相変わらずこの"鉄塔"は、俺の望むものを与えてくれる。 たかだか高校生の俺に登られる鉄塔というのもセキュリティ的にどうなんだと苦言を呈したくなってくるが、ほぼ海辺に建っているこの鉄塔をわざわざクライミングするやつなんて普通はいないだろう。 潮風が、優しく頬を撫でた。 切断されて久しい電線が接続先を求めてたなびいている。雲が飢えたように蠢きながら月に透かされて、町を覆い尽くす。 俺も、心に突き動かされるまま塔を降りた。 *** 集合場所は、学校の近くの寂れた公園だった。 この街自体かなり寂れてはいるが、ここは特に利用者が少ない。 そんな公園に、学生が四人集う。 「全員来たな」 俺がそう言うと 「モーバの方こそ、どこ行ってたのさ」 「そーそ、お前テストとか無頓着だからさ。なんか怪しーんだよな」 二人から猜疑を投げつけられる。 確かに信頼できない、という意味では俺の方も一緒だ。俺たちは日頃から親しくつるんでいる訳ではない。互いが互いを裏切る妄想をして、怯えている。 それにこいつらを本当に裏切るという選択肢も何度か検討した。俺の目的が退屈しのぎだというなら、そっちでもいいんじゃないかと。 結果的にはこいつらと行動するという選択をとったわけだが、作戦中には何が起こるか分からない。いざというときは自分の痕跡を消してこいつらを見捨てるという可能性も考えている。 「まあまあそう言うなって。こいつはそんなに悪いやるじゃないし、いや、ワルだから頼もしいんだよ。な?モーバ」 残り一人の、近葉(このは)が俺の肩に手を回す。 こいつとはそこそこな付き合いをしている。この作戦に俺を誘ったのもこいつだ。だがこいつの俺に抱くイメージこそ間違っている。俺のしでかした悪行なんて___やっぱり電線の断たれた鉄塔に登ったことくらいだ。 そんな感じで形式ばって互いを訝しみはするものの、所詮高校生の俺たちは特に深く考えもせず学校へと赴く。 申し訳程度の柵を越えて、グラウンドに降り立つ。 深夜の学校は初めてじゃないが、それでもこの不気味な雰囲気には慣れない。 夜の空気に冷やされたグラウンドはサッカースパイクのあとが一面に残っていて一歩踏みしめる度に背徳感が増大する。 「やっぱ誰もいねぇな」 近葉以外の誰かが呟く。 現在時刻は十二時を回っている。残っている教師などいるわけがない。 正面玄関に到着する。 「おいこれ大丈夫なのか。なんか、入った瞬間にブザーとか鳴りそうなんだけど」 「大丈夫だって。こんなクソ田舎の高校にそんな洒落た物ついてねぇよ」 近葉が吐き捨てるように言う。 実際この学校には鍵というアナログなセキュリティしか存在しない。俺が既に確認済みだ。 「よし、開いたぞ。入れ」 ピッキングに成功した近葉が自慢げに俺たちを中へ導く。 この学校にある教員室は二つ。一応こいつらはできるなら全教科を盗み出すつもりらしいので、俺たち四人は二手に別れて教員室を漁ることにした。 チーム分けは、当然だが俺と近葉のチームとその他二人のチームとなった。近葉の気遣いには感謝したいが、こいつも口やかましさが過ぎるところがあるので出来るならあまりペアは組みたくない相手だ。究極的には、一人がいい。 必要のない忍び足で階段を登る。ライトは小指ほどの大きさしかない小型のものを持ってきたが、使わなかった。窓から差し込む月の光が十分に廊下を照らしていたからだ。それに下手にライトを照らせば外から見られる可能性がある。出来るだけリスクは抑えたかった。 さして興奮もしない学校探索を終えて、目的地を見つけた。 第一職員室に到着した俺と近葉は再びピッキングで中へ入る。 因みに向こうの二人の中にもピッキングができる奴がいるんだろうか。 「ああ、あいつらもできるぞ。ってか俺があいつらから教わったからな。向こうの方が上手い」 「じゃあ何でさっきお前が開けたんだよ」 「そりゃあ、お前に俺ができる奴だってとこを見せたかったからさ」 「あぁ……そう」 職員室には油でベットリとしていそうなデスクが十数個並べられていて、書類が散らかっているものと綺麗に整理されているものの境界が曖昧になっていて教員同士でストレスを与え合っているのだろうということが見て取れる。 「おい、どの机だ?」 実は作戦の概要を大まかにしか知らない俺は近葉に目的のデスクの場所を聞く。 「お前は数学の浦瀬と、地理の飯塚のを調べてくれ。残りは俺が探す」 言われた二人のデスクを調べようと、入り口で教員室の教師の位置が割り当てられている張り紙を確認する。 微かに声がした。 「まったくなんなんだ。こんな夜中に」 心臓が握り潰されそうだった。 反射的に俺は教員室の奥にいる近葉に伝えようとするが、あいつに届くほどの声量を出すのは危険過ぎる。 ためらうことなく俺は教員室を飛び出す。 瞬時に左右を確認するが、先ほどの声の主__恐らく教師だろうが__の姿は見えない。まだ階段を登っている最中だろう、と踏んだ俺は教員室の戸を叩いて階段とは逆方向に走り出した。 背後で、しわがれた怒声と弱々しい悲鳴が聞こえる。 心の中で近葉に謝罪しながら、俺は一つ上の階へと登る。 下へ降りて学校から逃げ出すことも考えたが、教師が一人で来ているとも限らない。だったら暗闇が染み渡った学校という空間に息を潜めている方がいい。 階段を登り、適当な空き教室に入る。 まだ学校に侵入して三十分も経っていないので、目が暗闇に慣れきっていない。 ライトをつけるのはさすがにリスクが大きいので一切の明かりに頼らず、俺は机の上に座った。 ここで、一時間ほど待てばいいだろうか。 こんな教室まで探してくるほど熱心な教師共でもないだろうし。 暇を潰す道具もないので、思いっきり机の上に寝そべってみる。 耳を澄ませば先ほどの怒声が微かに聞こえるが、こちらに近づいてくる気配はない。 それにしても何故気づかれたのだろうか。やはり裏切り者がいたのだろうか。詳しくは知らないが、あいつら三人は割りと成績はいい方だったし、かといってトップクラスというわけでもなかったので今回のテスト泥棒への動機は多少は理解できる。むしろ常時赤点すれすれでもなに食わぬ顔をしている俺の参加の方が断然怪しいだろう。 かと言って俺達がヘマをやらかしたとするなら、教師が駆けつけるのが速すぎる。一体___ 「いいものだね。夜の学校っていうのも」 腹筋が張り裂けんばかりに起き上がり、声の主に振り向く。 「お、お前___!」 心をあり得ないで埋め尽くして、一歩後退る。 「あぁ、思い悩むことはないよ。先生は私が読んだの」 俺の目の前にいる少女はさらっととんでもないことを言ってのける。 「何で……知ってたのか?」 「あら!……そう、その通りだよ。あなたは困惑しながら言ったんだろうけど、その質問はかなり的確だよ。私は知っていたの。あなた……空純朦罵が7月14日の今日、この学校に忍び込むことをね」 「……誰から聞いたんだ?」 「あなた自信から」 「は?」 心が疑問で捻れ曲がり、危うく頭までシンクロしそうになった。 目の前の少女は呆れと焦燥を混ぜた表情をして 「私がこんな事言うのもなんだけど、とにかく時間がないの。あなたは今すぐ学校から逃げて。そして明日からなに食わぬ顔をして登校する。そうすれば誰もあなたを咎めたりはしない」 「……どういうことだよ?」 「いいから逃げて。きっとまた今度説明することになると思うから」 そう言って少女は俺の袖をつかんで有無を言わせず教室の扉の前まで引っ張る。思いの外、力が強かった。 もう教師の声は聞こえず、夜の学校の静けさが戻っていた。 このまま外に出るべきだろうか、と、それを促してくる少女に目をやる。 よくよく見ると知っている顔だった。話したことはないが、確かこの学校の生徒のはずだ。 だが何故彼女がここにいるのか。今考えたところで答えは出そうにない。 なんだか、情けない気もするが、俺は彼女を残して教室を去ることにした。
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