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拾八話
○白春砂
夏休み最後の日、私はこの街の神社を訪れた。
この街の一部の人しかしらない、秘密の神社。
信仰などされておらず、誰も参拝になど来ない。
それ故に、神の怒りを買って一人の少女が命を落とした場所である。
そして、その少女のことを想ったもう一人の少女がさらに神の怒りを買って、罪のない少年を殺した場所もある。
「......ふふっ」
何度頭の中で流してもふざけた話だ。
神など、いるものか。
そうだ。そんなもの、人間の解釈の一種でしかない。
自分達の理解を越えるものに出会った時、人は必ずそれを理解しないと気が済まない。
神というツールを使ってでも、昔の人々は自然の姿を受け入れようとした。
災害も、豊作も、疫病も。何もかもを神の仕業として、扱った。
かく言う私も、神を使った。
私の持つ超能力も、科学で証明できるものなのかもしれないのに。
真衣だって、本当は街の皆の犠牲になる事を拒んでどこかへ逃げ出しただけなのかもしれないのに。
モーバだって、神楽の最中に天候が荒れて私達の視界が悪くなったのをいいことに、退屈から逃れるためにどこかへ旅に出ただけなのかもしれないのに。
自分の身に起きた現象を理解するために、この街に伝わる伝承の内容を呑み込んだ。
ツジガミ様、御加護、生け贄、神楽。
私が殺人に使った凶器の一覧だ。
裁判にでも提出して、裁かれたい。
死刑になったら、私はまた怖くなって暴れるんだろうけど______それでも無理矢理殺してほしい。
きっと死に際は、彼女の名前を叫び続けるのだろう。
本殿へ続く階段に座って、木漏れ日に当たりながらそんな事を考えていると正面の階段を誰かが登ってくる足音が聞こえた。
______マナメだろうか。
あれから彼とは会っていない。
あの日、彼は私を咎めることもなく、貶めることもなく、ただ悲壮な表情で本殿の前に座っていた。
だが見えたのは、一人の少女の姿だった。
「_________あ!」
少女は私を見つけて、ささやかな驚愕の反応を見せる。
次第にこちらに近づいてきて、私も彼女の顔を確認した。
真衣の妹の幽衣だった。
本来なら真衣と共にこの神社に勤めるはずだったが、真衣の意向と彼女の一族に対する態度によって、彼女は巫女としての修行をしていなかった。
彼女はよく"一族の恥"と呼ばれていたらしく、その事に真衣は憤慨していた。幽衣本人はさほど気にしている様子もなく、寧ろ喜んでいるという事実が余計に真衣を歯痒くさせたらしい。
「こんにちは!」
元気よく挨拶をしてきた幽衣に、私は立ち上がって挨拶を返す。彼女からすれば麻目家でもない人間がこの神社にいるのは不審に感じるはずだが、彼女は笑顔で私を歓迎してくれていた。
「こんにちは。私は......えっと、真衣さんのお友達で、彼女がこの神社によくいたので、つい......来てしまって......」
私が口下手に説明すると、彼女は嬉しいそうに微笑んだ。
「お姉ちゃんのお友達ですか!私は、真衣の妹の幽衣っていいます。この神社にはよく来るんですか?」
「いや......しばらく来てませんでした」
「そうですか......。あ、敬語は必要ありませんよ。私の方が年下なんですから」
「そう......じゃあ、幽衣」
「はい!」
「幽衣はここに、何をしに来たの?」
「私ですか?......さぁ、何となくここに来たくなっちゃって......あなたもそうなんじゃないんですか?えっと......」
「白春砂だよ。遠慮なく砂って呼んで」
「そうですか、じゃあ砂さん......結構変わった名前ですね」
「よく言われるよ。両親が大分変わった感性を持った人達でね」
「へぇ......でも私は好きですよ。砂って聞くと、やっぱり石粒がいっぱい集まってるやつのことですよね。きっとこの街が海に近いから、砂浜を見て砂って名前をつけたのかな。もしかしたらご両親が浜辺でプロポーズとかしたのかも」
「どうだろ。そんなロマンチックな事はしてないの思うけど」
「あとは砂って言ったら......砂時計とかですかね?」
私は幽衣の妙案に思わず吹き出した。
「あー、やっぱり変でしたかね?」
「いやいや、絶対にそれだよ。本当に。ふふふ」
ふざけた偶然だ。私の両親は未来予知でもしていたのだろうか。だとしたら出張先で私を笑っているに違いない。
「そ......そんなに可笑しかったですか?」
「あっはは。......私もね、同じだよ」
「えっと......何がです?」
「さっきの質問。私も、ただ落ち着くからここに来てた。昔もね、ほぼ毎日学校が終わったらこの神社に来て、真衣の躍りを見て、たまにちょっかい出して、一緒に遊んだりしてた」
「へぇ。意外ですね。お姉ちゃん、修行中は真面目にやってると思ってたのに」
「真衣はあぁ見えて結構適当な性格だよ。天然っぽい所もあったし、抜けてる所もあった」
「あぁ。それ、聞きたかったような聞きたくなかったような......」
「でも踊りはとても上手だった。誰も真似できないくらい、彼女の踊りは輝いていたよ」
「そうだったんですか。......私、見たことないや」
「そうなんだ。私もビデオか何かで撮っておけばよかったんだけど、真衣が許してくれなくて」
「そうなんですか?」
「うん。自分の踊りを残しておくのは止めてくれって」
「へぇ。お姉ちゃん結構恥ずかしがり屋だったのかな」
「ある意味ではそうかもしれないね。きっとあの子は、自分が何のために踊っているのか自覚していたから」
「......この街を守るため、だったんですよね。私も詳しくは知りませんけど」
「......そう」
「でも結局......お姉ちゃん一人が犠牲になった」
「犠牲だなんて言わないであげて。あの子は自分の意思で踊ってた。そこに自己犠牲の精神なんて一辺たりともなかったよ。だからあの子の舞いはいつも綺麗で、自由だった」
「そうなんですね。......私、本当に何も知らなくて......」
「本当は姉妹で神職を継ぐはずだったのに、私が子供染みた反抗をしたからお姉ちゃんは苦労してたんです。私だって本当は、お姉ちゃんと一緒に踊りの稽古をするはずだったし、二人でこの街を守るためにお互いを支え合わなきゃいけなかった......。お姉ちゃんは、私のせいで死んだんです」
「......随分と変わった考え方をしているね。別に私はあなたが何も間違ったことはしてないように思えるけど」
「......そう......ですか」
「えぇ。確かにあなたは自分の一族の責任から逃げたのかもしれないけれど、でも家族から逃げた訳じゃない。だってそうでしょ?毎日ここに来ているんだから」
「きっと真衣だって、本当に苦しかったらあなたに相談したはずだよ。まぁ結局あの子は私にもあなたにも相談せずに消えちゃったけど......それはあなたが手を差し伸べなかったからではないと思う」
「そうなんですね。......なんだか話していて気分が軽くなりました。......いや、本当は軽くなっちゃいけないんでしょうけど......」
「あぁ、分かるよその気持ち。私もここのところずっとそんな感じ」
「砂さんもなんですか?......なんだか砂さん、しっかりしていてミスなんて絶対しなさそうな雰囲気ありますけど」
「そう?」
「はい。なんかできる女って感じで......会って数分なのにこんな事言うの変ですけど、砂さんはもっと強そうで、賢いそうで......お姉ちゃんとは違った意味で、優秀な人なんだと思います」
「ハハ、褒め殺しありがと」
これでも自分の命が可愛いだけの人殺しだけど。
この子が真衣を殺したと言い張るんなら、私は彼女の死を無駄にしたと言うだろう。
きっと私達は自分の罪と生涯向き合い続けなければならない。
客観的に無実純白に思えても、私達は己を罪人だと言い続ける。
寧ろ胸を張って、自前の振り切れた傲慢さを誇示して、壊れたフリをし続けるのだ。
それからしばらく他愛もない会話をして、本当ならずっと前に話し合うはずだった内容を数十分程で話し終えて、二人で境内で涼んだ。
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