弐拾弐話

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弐拾弐話

○白春砂 今度は、隣にマナメがいた。 先程まで私の激情を受け止めていた人。 彼は私に向かって、微笑んだ。 「さぁ、行こうか」 そう言って前方を示す。 私達は、とある教室の前に立っていた。 放課後の、夕日に照らされる校舎。吹奏楽部の楽器音や運動部の掛け声が聞こえてくる。 マナメは私を教室の中へと促した。 私は少々訝しむが、彼の言うとおりにする他ないと思い、教室の扉を開けた。 中に入ると、静寂が漂っていた。 教室には一人しか生徒が残っていなかった。 女子生徒で、色の白い、整った顔の_________。 麻目真衣だった。 私は咄嗟にマナメの方を向いた。 マナメは私の言わんとする事に気づいたのか、ゆっくりと首を振った。 つまり、本物だということなのだろうか。 「あ!すーちゃん!どうしたの?」 顔を上げた真衣がこちらに気づき、駆け寄ってきた。 「真衣......真衣......!」 マナメに確かめるまでもなかった。 私の目の前にいるのは、正真正銘の麻目真衣だった。 ______随分と懐かしい感覚だった。 彼女にしかない清楚さと、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。 そして、実際に泡沫のように消えてしまってから、彼女に会いたいと何度も願った。 「もう、どうしたの?すーちゃん、なんか変だよ......って、真無目まで......」 真衣がマナメの方を向いて驚愕の表情を浮かべる。 「やぁ、真衣」 マナメが優しく真衣の名前を呼んだ。 「それで、すーちゃん。何か用事でもあったの?私、生徒会の仕事が終わったら今日もいつもの所に行く予定なんだけど」 私は言葉を探すけども、何から話せばいいのか分からなかった。 ずっと、会いたかった人が目の前にいて、私は狼狽えることしかできない。 「えっと......真衣、今日も......行っていいかな?」 「うん、もちろんだよ。絶対来てね!」 真衣がそっと私の両手を包み込んだ。 その感触に、私は震える心を押さえられなかった。 「......ねぇ、真衣。少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」 「うん。なに?」 「真衣は今まで、何か大きな後悔を残したことってないかな。悩みに悩んだ末に決断したことだけど、今になって、過去に戻ってその決断を覆したいって思うようなことがないかな?」 マナメのその質問は______おそらく悪意の塊だった。 私は再びマナメに飛びかかりたい衝動を抑えて、マナメを睨み付けた。 「後悔......後悔か......」 明らかに真衣の表情が曇っていくのが分かった。 それを見て、私はマナメの意図が少し理解出来た。 マナメが、私の背中をそっと押して、窓の方を指差した。 私は窓辺に駆け寄って、外の景色を見て、そして絶句した。 見慣れた風景。左手に広がる田園の中にぽつんと点在する古びた民家。右手には田舎街が背伸びしたような真新しい住宅街があって、その向こうには海が広がっている。 _________なかった。 そんな風景は、大地の亀裂で、土砂崩れで、母屋の崩壊で、無惨なまでに破壊されていた。 「......こんな......」 「あるよ。後悔していること」 背後で真衣がはっきりと答えた。 「私が......後悔していることはたった一つだけ」 「そうか......それを僕達に教えてくれないかな?」 「そんなの無理だよ。だって教えたら、きっと真無目もすーちゃんも私の事を見る目が変わっちゃう。私、そんなの嫌だから」 透き通るような声で、彼女はきっぱりと断った。 「別にちょっとくらいいいんじゃないかな?」 「んー。やっぱやだ。教えなーい。それじゃ、私すーちゃんと遊びに行くから。行こ、すーちゃん......すーちゃん?」 真衣が私の手を取って、それから私が泣いていることに気づいてそっと私の顔を覗き込んだ。 「ねぇ、すーちゃん?」 「......真衣」 私は最後に、真衣の頬を優しく撫でた。 別れの意を込めて、愛しい彼女に触れた。 「すーちゃん、泣かないでよ」 真衣が私の手をそっと握ってくれた。 「真衣......ありがとう......」 溢れる涙を真衣への感謝に使って、私は最後の言葉を告げた。 ______視界が暗転する。 きっとマナメが目を閉じたのだ。
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