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弐拾四話
○灯影の鯨
今日もルシエスの映画館に足を運んだ。
夏休み最後の日。しかも夕方の6時ということもあって館内は混雑していたが、なかなか優良な席を確保できた。
チケットだけを買って、スクリーンへと向かう。
「あれ?須月君じゃない?」
背後から呼ばれて、僕は振り返った。
同級生の麻目幽衣だった。僕と同じ生徒会に所属していて、何かと話す機会がよくある。
「どうも。麻目さんも映画かい?」
「そーそ。っていうか、映画が見たいっていうよりも映画館にいたいっていうか......映画館にいるのがちょっと落ち着くっていう感じなんだ。変な風に聞こえるかもしれないけど」
「いや、僕もよく分かるよ。映画館ってなんか独特の雰囲気があるからね。僕もそれが好きなんだ」
「須月君も同じなんだ」
「あぁ。多分見る映画も一緒なんじゃないかな」
僕らは同じスクリーンの入り口で止まった。
暗闇が支配する室内へ入り、後ろの席に座った。
「......まさか、隣だったとはね」
「あぁ。僕もびっくりした」
二人でなんとも言えない笑顔を浮かべる。
この映画館はこの街にある唯一の映画館なので、休日は混雑の具合が半端ではない。
劇場内を見渡すと、ほとんどの席が埋め尽くされていた。
それからしばらく、僕はぼーっとして、真っ暗なスクリーンを見つめていた。
「......ねぇ、須月君」
隣の麻目が僕の肩をつついて来た。
「......何?」
「何か、揺れてない?」
「揺れてる......?」
僕は首をかしげ、彼女の言う振動を感知してみようと試みる。
そのときだった。
____ダダン、と衝撃が走った。
下から何かに突き上げられたかのように、劇場が揺れた。それを皮切りに、劇場全体がぐらぐらと揺れ始める。
「ちょっと......何!?」
隣で困惑している麻目のように、劇場内の人々は地震にしては大きすぎる振動によって混乱していた。
皆が出入り口から逃げ出そうとする。
ポップコーンやドリンクなどが辺りに散らばって劇場内は散々だった。
「須月君、逃げないと!」
僕に逃走を促す麻目。だが、僕はその場を動かなかった。
「麻目さんは先に行っててくれ。すぐに追い付く」
「何言ってるの!?」
「いいから逃げてくれ」
僕が言うと、彼女は迷いを見せてから、外に逃げていった。
______少し、試してみたくなったのだ。
仮にこの劇場内が、今から危うい状況になるというのに、僕はなに食わぬ顔をしてここに佇んでいる。
まるで、死を望んでいるかのように。
仮に僕の人生がここで終わるとしても、それでいい。
僕は最後まで、彼の言葉に蝕まれ続けたということになるのだから。
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