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弐拾五話
○空純朦罵
二人が俺の目の前で佇んでいる。
少し前まで何かお互い怒鳴り合っていたし、その内容も俺にはなんとなく分かったが________。
「なんでお前ら、そんなしけた面してんだ?」
「......ふぅ。別に。あんたが失踪している間にいろいろも揉めたのよ」
砂が顔を上げてぶっきらぼうに言い放つ。
______失踪か。
その言い方は言い得て妙だ。
「とにかく、俺はダチ同士が喧嘩してるのは勘弁だぜ? ほら、真無目も。なんか適当に理由つけて仲直りしろよ」
俺の提案に、真無目は呆れたような顔をして、
「あはは、適当に理由をつけてかい。いいよ、仲直りしても。でも朦罵。これでも僕、君と友達続けようか迷ってるんだけど」
「へぇ。そりゃ寂しいな。退屈過ぎて死んじまいそうだ」
俺は真無目の肩を叩いて、真無目もそれに笑い返した。
「......ほら、立ちなよ」
真無目が砂の手を取って立ち上がらせる。
「砂、気分はどうだい?」
「......すっごい虚しい」
「そう。それだけでいいんだよ」
砂はもう、先程までのように激しい感情を見せなかった。泣きも怒りもしない。
ただ、喪失感を受け止めて、虚空の瞳を抱えていた。
「そーそ。あんまり深く考えることはないんだぜ、砂。俺が神様にパクられたのか、神楽の途中にとんずらしたのかなんて些細な問題でしかないんだ」
「......そうだね。でも......」
砂がそっと俺に抱き付いてきた。
耳を当てて、俺の心臓の音を聞くように。
俺はなんとなく、彼女の頭を撫でてやった。
「でも、なんだよ」
「......別に。なんでもない。しばらくこうさせて」
しばらくそうして抱き付かれて、砂の頭を撫でるのにも飽きて、俺はただ空を見上げた。
俺を迎えてくれたいつしかの雲はなく、青い空だけが広がっていた。
携帯の着信音が鳴る。
「......あ、ごめん僕のだ」
真無目がそう言ってスマートフォンを取り出し、耳に当てた。
「もしもし......あぁ、幽衣か。......うん。君のおかげでね。......うん......え?......分かった、すぐ向かう」
そう言って電話を切った真無目は、深刻な面持ちで俺達の方を向いた。
「なんか......今起きてるみたいだよ。"龍令"が......」
※※※
麻目の妹が言うには、この街の海岸沿いがまずいことになっているらしい。
大手ショッピングモールのルシエスや、俺のお気に入りの鉄塔がある場所である。
俺達三人は急いで浜辺に駆けつけた。
「......なんなんだよこれ」
それはまるでアニメや漫画の世界のような光景だった。
海の向こうからやってきた黒い雲の群がちょうど陸地に差し掛かったところで嵐を巻き起こし、空が晴天と雷雨の二色に分断されていた。
そして地面が絶え間なく振動して、強烈な地震のようなものが発生していた。
先程まで俺達がいた神社は微動だにしていなかったというのに、この浜辺の付近に来た途端、地面が揺れ始めた。
その地震は海原を不規則に揺らし、巨大な波を掻き立てていた。
「......砂、こんな事って今まであったのか?」
「いえ、いつもならあの雲が街全体に覆われて、それが"龍令"の予兆になるの」
「なぁ、その"龍令"ってのはなんなんだよ。まさかまだ龍が出てくるなんて言わないよな?」
「"龍令"は......あれよ」
砂が遠くを指差す。
俺は猛々しい龍の姿を探そうとして向こうを見渡したが、そんなシルエットは見当たらない。
「......龍なんていないじゃねぇかよ」
「だから......龍じゃないのよ」
砂がそう言った途端、海から突如黒い塊が波に乗って飛び出してきた。
大型の漁船だった。だが明らかに潜水艦であるかのような挙動で水から姿を現し、その漁船は砂浜に乗り上げた。
そして、その先には________。
「.........あ」
鉄塔があった。
俺がいつも登っていた、電線の通っていない鉄塔。
あまりにも海に近いところにあるので、漁船がその鉄塔に直撃する。
そして、あろうことか鉄塔が傾き始めた。
ちょうど俺達のいるルシエスの方向へ向かって、ゆっくりと倒れる。
「......まずい」
砂が呟くと同時に、俺と真無目の腕を引っ張って走り出した。
「おおい、何だよ?」
「ルシエスまで走って!早く!」
俺達は訳も分からず砂に促されるままルシエスの中へと入った。
中に入ると、ホールでは大勢の人々が込み合って混雑していた。
皆が混乱を起こして、外に出るべきか否かを悩んでいる様子だった。
「あ、先輩!」
背後から声が聞こえた。
「幽衣、大丈夫か?」
真無目が声の主_____麻目幽衣に駆け寄った。
「はい。それより、あれ、見てください」
そう言って幽衣が天井を差した。
このルシエスは塔のような構造で、中は吹き抜けとなっている。なので一階から最上階の天井が見えるのだが、上を見上げるとおよそ3,4階あたりで天井が閉じていた。
「あれ、なんで閉まってるんだ?」
「分かりません。ついさっき閉じられたんです」
「......なるほど。分かった」
「分かったって、何がだよ?」
「......説明するから、まずは上に来て」
そう言って、エスカレーターの方向へ駆け出した。
俺は訳もわからず、砂に付いていく。
「ごめん、幽衣。すぐ戻る」
「......分かりました。気を付けてください」
俺達は静止したエスカレーターを駆け登って、4階まで辿り着く。
走る砂を追いかけ、俺達はフードコートに辿り着いた。
「あれ、見える?」
砂が俺達に窓の外の景色を見るよう促した。
「あれが......龍令なの」
_________あれが龍令?
それは、俺にとって最も馴染みのあるもので______
「あの鉄塔が、か?」
「えぇ......あれが龍令の正体だよ。"今回は一本だけで済んだけどね"」
それは、先程漁船の激突によって倒れたはずの鉄塔だった。
それが、何故か地面に伏すことなく、ぐるぐるとアンバランスに回転し続け、不気味な挙動をしていた。
_________まるで、龍のように踊っていた。
「......お前の見てきた未来では街の鉄塔が暴れまわったってのか?......はは、馬鹿げてるよな」
「そうだね......でも今回は止めないと」
「......あぁ、そうだな」
確固たる決意を見せる真無目に、俺も気合いを入れ直す。
「ねぇ、あれってこっちに引き寄せられているよね?」
真無目が外を凝視したままそう言った。
「当然だよ。この塔が電磁石になっているから」
砂がさらっと言いのける。
俺は驚愕して砂に聞き返した。
「電磁石って......あの都市伝説のことか!?」
「そうだよ」
「僕も聞いたことあるけど......それって本当なのか?」
「証明はできないけれど、でもあの大きな鉄の塊がこの塔に向かってくる事は事実だよ。私が見てきた今までの龍令でも、あの鉄塔だけは何故か変な動きをしてこの塔に吸い寄せられていた」
「おい、待てよ。じゃあここもうすぐヤバいんじゃないのか?」
「______いえ、大丈夫。この塔はあの鉄塔ごときじゃびくともしなかった。私も最初は驚いたけど、この塔は見た目よりは頑丈みたいだよ」
砂が俺達を安心させるように言った。
「だから......私達はここにいればいい。きっと嵐は六時間後に止むから」
「......そうか。じゃあ、皆無事ってことなのか」
「きっとね......私には出来なかったけど、マナメのおかげで可能になった」
砂が安らいだ表情で、真無目を見つめた。
「......そういうわけでもないと思うよ。僕はただ状況を掻き乱しただけだからね......あ、ちょっとごめん」
真無目が携帯を取り出した。
「あぁ、幽衣。どうした?......あぁ、分かったよ」
そう言って真無目が通話を切る。
「映画館に一人、僕らの学校の生徒がいるらしい。連れ戻してきてくれって」
「映画館に?なんでそんな所に」
「分からないけど、見に行く必要がありそうだよ。須月っていう名前の僕らの同級生みたいだ」
「......須月?」
「朦罵、知り合いかい?」
「......まぁな」
知り合いだ。互いを知り尽くしている。
「______俺が呼んでくるよ。あいつとは仲良かったからさ」
「そうか。分かった」
俺は映画館へ向かって走り出した。
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