四話

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四話

○何時傘真無目 「えー!いいじゃないですかルシエス!行きましょうよ先輩!」 電話越しでも相変わらず喧しい幽衣の声を聞き流しながら、僕はデスクトップPCのキーを叩く。 「あんまり外出たい気分じゃないんだよね」 PCの画面には、某有名動画投稿サイトのホーム。 僕のお目当てのものは"おすすめ"の動画のなかにずらりと並んでいた。 「でも先輩、最近なんか思い詰めてそうで……ああいやそれはいいんですけれど、なんか重苦しいというか……とにかく、ここらでパーっと遊んどく必要があると思うんです!ほら、せっかくの夏休みですし」 その中の一つをクリックする。これは、確か"彼"の作った曲のなかでも割りとおとなしめな曲だったはずだ。 やがて心地よいピアノのリズムが流れ出す。 「それにほら!前に先輩お姉ちゃんと行ってましたよね!もしかしたら、先輩の能力を使えるかもしれませんし!」 前奏が終わり、電子音が小刻みなリズムを奏で出す。 「例えば……洋服屋の試着コーナーで先輩がお姉ちゃんのファッションに失言をして険悪ムードになったり、雑貨屋で怪しげなDVD買ってお姉ちゃんにドン引かれたり、映画館で先輩が趣味全開のアニメ映画を選んでお姉ちゃんに呆れられたり!」 機械音声の歌詞が紡ぎだされる。 第一声は"眠ってくれ"だ。 「そんな感じで、先輩がお姉ちゃんとデート中に別れたっていう風に過去を変えられたら、すごいと思いません!?先輩!?」 ほろほろと音楽に聞き入っていたが、幽衣の豪声で我に返る。 「あー、ほら、外暑いじゃん?」 最後に意識のあった幽衣との会話を持続させようとしたが、 「だからそれなら私のパパが迎えにいくって言ってるじゃないですか!全然話聞いてないですね」 「ごめんごめん。それで、ルシエスに行くんだっけ?あそこ休日なら結構混んでるんじゃない?この街唯一のレジャースポットだし」 「先輩、人混み苦手ですか?」 「人が苦手かな」 「……お姉ちゃんなんでこんな人と付き合ったんだろ……」 僕が聞きたいような失望の声が聞こえたので、少し名誉を挽回しようと幽衣の誘いに食いついてみる。 「あー、そういや見たい映画があったんだよね。うん。ちょうどいいから行こうかな」 「ほんとですか!?」 歓喜に震える幽衣の声を電子機器越しに聞きながら、再び曲を再生させる。 作曲者は"灯影の鯨"。変わった名前だが、この人は所謂ポカロPというもので、肉声ではなく機械音声を用いて音楽を作っている。それで僕は、この鯨さんの作る曲に絶賛憂き身をやつしているというわけだ。 はじめてこの人の曲を聞いたのは真衣が失踪してから二週間後。僕が変な能力を手にいれたから数日後だった。 この人の作る曲は僕にとっては一種の快楽だと思う。 激しく胸を締め付ける訳でもなく、優しく寄り添ってくれたり、励ましてくれるわけでもない。 ただ、僕が立ち止まったままでいることを肯定してくれている。そんな感じがするのだ。 "その乾いた線路の上で膝をついて待っていてくれ。きっと君を潰すのは僕以外の鋼鉄だ" 僕のもっとも好きなフレーズである。 いや、最も嫌いじゃない、かな。好きな作曲者の事なのに何言ってるんだろう。 最近なんかいろいろと螺曲がってる気がする。 僕の不安定に便乗していろいろなものが僕のなかに入り込もうとしてきている。 過去を変える能力だとか、未来を見つめる少女だとか。 今日、放課後に会った白春さんは一体なんだったのだろう。 あの後彼女とは何事もなく別れた。聞きたいことは山ほどあったけど、それを見越したように彼女は 「悪いけど今日は予定があるの。お猿さんとね」 と言って足早に帰っていった。 彼女の言葉を鵜呑みにするなら、恐らく彼女は僕のものと近しい能力を持っているはずだ。そもそもこんな意味不明なものが世界で僕一人にだけ与えられるっていうのもおかしな話だ。それに、たとえ白春さんが嘘を吐いていたとしても、僕の能力を言い当てて見せたという事実は揺るがない。ひょっとすると、この能力の正体すら知っているのかもしれない。 だとしたら、彼女には多少の無理をしても接近する必要があるのかもしれない。この能力を知るために。幽衣の歪んだ努力が意味のあるものかを確かめるために。 そして、僕にこれ以上何も入ってこさせないために。
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