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思い出したら、凄く怖かったよ。あ、今になって涙腺が緩んだみたいだ。ぽろぽろと涙が零れて来た。正面にいた黒須はそれを見て、伸ばした手をそのまま僕の肩に回すと、自分の胸に顔を押し付けた。あ、僕と余り背丈が変わらないのか。
もしかしてここで泣けって事なのかな。有難く、相手の服の裾をつかむ。
しばらくしてなんとか涙も収まり、和やかムードになりかけた時、傍らに立っているもう一人の彼が声を上げた。
「べ、別に……僕一人でも大丈夫だったけど、……でも、礼を言う……」
俯いてぎゅっと、胸元を握り締めた飛鳥は、耳まで赤くて、照れているのが丸分かりだ。
「平凡も……」
「僕?」
ご指名を受けて、思わず自分を指差した。でも僕、何の役にも立ってないよ。
「そうじゃない。いいか、今度同じ事があったら、ちゃんと先に逃げろ……僕の心臓が持たないだろ」
心配してくれたって事なのかな。でもそんな風に色っぽく頬を染められると、僕の心臓の方が持たないですセンパイ……。僕、ノーマルでいたいんです。例えこの世界に女性が殆どいなくても、故に同性結婚が当たり前と言う事実があったとしても! ……あ、また涙が。
「……おい、余りこちらに来るな」
「近づいてないですよ。自意識過剰なんじゃないんですか? センパイ」
見ると、飛鳥と緋色が言い合いをしている。迷惑そうな飛鳥と、にやにや人の悪い笑みを浮かべる緋色。そういや、この二人仲が余り良くなかったんだっけ。
僕や葉月と一緒じゃない緋色は大抵一人でいるから、誰かと――それも親衛隊の隊長と交流があるのは不思議だ。
「緋色と飛鳥先輩って、どういう関係なの?」
「ど、どうって……別に、無関係だ!」
力強く否定する飛鳥の肩に、笑みを浮かべながら手を乗せる緋色。あ、ほんとすごく楽しそうだ。それも意地が悪い方向に。
「釣れないなぁ、センパイ。一緒に暮らしてる仲なのに」
「えぇぇぇっ!?」
「紛らわしい言い方をするな! 単に部屋が同じなだけだろ!?」
緋色の手を振り払うと、彼は拳を握り締めてそう叫んだ。そうか、そうだよね。僕ら寮生活なんだし。一瞬誤解しちゃったよ。
「大体お前、初めて会った時からそんな態度だよな。そういうところが気に入らないんだ!」
「奇遇ですね、俺も同じ意見ですよ」
びしばしと、飛び散る火花。
あぁ、なるほど。飛鳥が言ってた仲が良くない同室者って緋色のことだったのか。
緋色を見る飛鳥は、まるで毛を逆立てた猫みたいだ。しかし特に周りに興味なさそうな緋色が、こんな風に誰かを構うところなんて初めて見た。それが気に食わないって方向性だったとしてもね。
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