第1章 4話 転校生

2/3
1045人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
 思い出したら、凄く怖かったよ。あ、今になって涙腺が緩んだみたいだ。ぽろぽろと涙が零れて来た。正面にいた黒須はそれを見て、伸ばした手をそのまま僕の肩に回すと、自分の胸に顔を押し付けた。あ、僕と余り背丈が変わらないのか。  もしかしてここで泣けって事なのかな。有難く、相手の服の裾をつかむ。  しばらくしてなんとか涙も収まり、和やかムードになりかけた時、傍らに立っているもう一人の彼が声を上げた。 「べ、別に……僕一人でも大丈夫だったけど、……でも、礼を言う……」  俯いてぎゅっと、胸元を握り締めた飛鳥は、耳まで赤くて、照れているのが丸分かりだ。 「平凡も……」 「僕?」  ご指名を受けて、思わず自分を指差した。でも僕、何の役にも立ってないよ。 「そうじゃない。いいか、今度同じ事があったら、ちゃんと先に逃げろ……僕の心臓が持たないだろ」  心配してくれたって事なのかな。でもそんな風に色っぽく頬を染められると、僕の心臓の方が持たないですセンパイ……。僕、ノーマルでいたいんです。例えこの世界に女性が殆どいなくても、故に同性結婚が当たり前と言う事実があったとしても! ……あ、また涙が。 「……おい、余りこちらに来るな」 「近づいてないですよ。自意識過剰なんじゃないんですか? センパイ」  見ると、飛鳥と緋色が言い合いをしている。迷惑そうな飛鳥と、にやにや人の悪い笑みを浮かべる緋色。そういや、この二人仲が余り良くなかったんだっけ。  僕や葉月と一緒じゃない緋色は大抵一人でいるから、誰かと――それも親衛隊の隊長と交流があるのは不思議だ。 「緋色と飛鳥先輩って、どういう関係なの?」 「ど、どうって……別に、無関係だ!」  力強く否定する飛鳥の肩に、笑みを浮かべながら手を乗せる緋色。あ、ほんとすごく楽しそうだ。それも意地が悪い方向に。 「釣れないなぁ、センパイ。一緒に暮らしてる仲なのに」 「えぇぇぇっ!?」 「紛らわしい言い方をするな! 単に部屋が同じなだけだろ!?」  緋色の手を振り払うと、彼は拳を握り締めてそう叫んだ。そうか、そうだよね。僕ら寮生活なんだし。一瞬誤解しちゃったよ。 「大体お前、初めて会った時からそんな態度だよな。そういうところが気に入らないんだ!」 「奇遇ですね、俺も同じ意見ですよ」  びしばしと、飛び散る火花。  あぁ、なるほど。飛鳥が言ってた仲が良くない同室者って緋色のことだったのか。  緋色を見る飛鳥は、まるで毛を逆立てた猫みたいだ。しかし特に周りに興味なさそうな緋色が、こんな風に誰かを構うところなんて初めて見た。それが気に食わないって方向性だったとしてもね。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!